第96話 嬉しいその訳?
翌朝、朝食は休日に付きパーラー特製のミックスサンドイッチとコーヒー、紅茶のモーニングセットが用意されていた。
春風が食堂に入ると、待ち構えていたかのようにカオリと雫が彼の手を引きながら、天音や詩織が囲んでいるテーブルへ誘導した。
「春風くん、おはよう。よく眠れた?」
と隣に開けてあった席に春風を座らせた天音は、ニコッと笑みを溢した。
「お兄ちゃん、昨日は幸せな気持ちでよく眠れたの?」
と何かを含んでいるようにも聞こえる言い回しに、一人だけ心中浮かない顔をしたものがいた。
天音であった。
「昨日のレースで、確か、ええっと……カオリちゃん、何でしたかしら?」
「ダウンヒル?」
「そう、そのダウンヒルで、優勝した凄いチームにいる雫ちゃんのお兄さんと僅差の戦いをしたんですもの、幸せだったに違いないですわ」
と更に被せるような表現で、天音は詩織の言葉を押し戻した。
それを知ってかしらずか春風は、
「本当に昨日の湘南ライド、嬉しかったな」
と春風が口に出した瞬間、
「何が嬉しかったの?」
と天音と詩織が声を重ねるようにツッコミを入れた。
「何がって? 嫌だなぁ、もちろん三位入賞ですよ」
とふたりの重い視線を受け流すが如く、春風は言い退けた。
「あの、天音先輩」
「何? 詩織ちゃん」
「その左手に持ってるチラシって?」
天音はみんなの前でそのチラシを見えるように縦持ちに変え、
「鎌倉学院高等部選手権よ。創立記念日に毎年実施される学校挙げての行事なの。カオリちゃんは知ってるよね?」
「ええ、もちろんです。旅行券がもらえる、あれですよね?」
「そうなの。私、今年の実行委員長を任されてるの」
「天音さん、凄い大変じゃないんですか?」
「まあ、大変かも知れないけれど、これはどちらかと言うと、内申のための点数稼ぎ見たいなところだから、自分のためって思うようにしてるの。そうすれば、大変なと言う表現でなくて、慌ただしいくらいの感覚で向き合えるから。そうすれば、前向きになれるのよ、不思議とね」
周りのみんなは、天音のポジティブな言葉に、大人の割り切りのような処世術を感じ取っていた。
「チラシは掲示用以外にも数枚余分にあるから、カオリちゃんと春風にあげる」
春風は、天音からもらった選手権のチラシを見ていて気づいたことがあり、それを聞こうと天音に質問をした。
「天音さんが実行委員長と聞いて、一つだけお尋ねしたいのですが?」
「はい、どうぞ」
「この選手権は生徒全員が個々で参加すると読み取れるんですが、ここなんですが『最後に優勝チームには……』となっています。これは個人戦なのか、それとも団体戦なのですか?」
と参加経験のない春風は、選手権の流れがいまいち理解できずにいた。
カオリも天音の質問に被せるように「予選を勝ち抜いた選手が決勝選になると、ランダムに組まれた三人チームで戦うことになると聞いていたのに、なぜか私のチームは寮生ばかりでしたわ。これにも何か訳があるのですか?」
天音はチラシを確認しながらこう答えた。
「確かにこのチラシを見ると、個人参加に見えるけど、副賞の説明ではチームと言う表現になっているわね。答えは今カオリちゃんが話したとおり、予選を突破した個人が、ランダムに決められたチームメンバーと共に優勝を目指す流れになるの」
と春風に説明をした後、カオリの質問に天音はこう答えた。
「伝統的に毎年寮生については、優先的に寮生だけでチームを作ることになっているようよ。恐らく寮生に関しては、この機会に親睦を深めるよう配慮がされているのかも知れないわね?」
「なるほど、学校ならではの意図が隠されているんでしょうね。天音さん、ありがとございました」
「楽しみだね」
と春風の視線を上目具合に外しながら、天音は笑みを溢した。
そして、気を利かせて皆のモーニングの配膳をしていた雫と詩織が席についたところで、
「二人ともありがとう。では、いただきましょう」
と天音が声をかけた。
食事の途中、詩織が本日十八時から開催予定のERC祝勝会の時間、場所及び参加費についてみんなに伝えた。
そして「お兄ちゃん、ERCのメンバーさんたちは皆さん参加されますか?」と問いかけた。
「ちょっと待って、メッセージの返事がまだ来てない人もいたから……」
と言いながらスマホを取り出し覗き込む。
「……そうだね、時間に間に合わない人もいるけど、メンバー皆参加できるってさ」
「じゃあ、翔子さんにそう伝えておくね」
翔子?
あの春風の姉気取りの二年女子ね。
本当にいろいろ春風のために動いているけど、本当は、春風を狙っているのかも知れないわね。
それにしても、春風くん、ガード甘すぎだよ。
私以外に女の子を近寄らせないで!
「それでは皆さん、祝勝会をよろしくお願いします」
と詩織は声をかけて、雫と一緒に退席していった。
「春風はこのあと予定はあるの?」
と彼女が彼氏の行動を把握するかのような感じで、天音は春風に問いかけた。
これは、以前春風が了解していた、いわゆるご褒美的な約束で、寮長のサポートを頑張ったことによるご褒美デートのおねだりなのであった。