第88話 残り十五キロでの始動
天野開を回収した箱根スパイラルはこの時点で先頭集団となり、独走体制を作り上げていた。
一方、ERCは東堂、春風を回収していた。
「僅差の二着でした」
と誰かから聞かれたら質問に、少し放心気味の春風はそう答えていた。
天野寛は「兄の開との勝負で僅差なんて、信じられない健闘じゃないか。凄いよ」と褒め称えた。
「あ、はい、ありがとうございます」
とまだ正気に戻っていない春風は、反射的にそう答えた。
桜山は「さあ、ここから全員でゴール取りに行くよ」と発破をかけた。
東堂が気づいた。
「市川さんは? 何でいないんです?」
桜山が「スリップして転倒した、その後、後方の選手を巻き込んだみたいだ」と悲惨な状況を伝えた。
市川を欠いたERCは現在、チーム順位を三位に留めていた。
市川がいない今、指揮権は天野寛にあり、この先の展開について、メンバーに伝達を行った。
「ここから先は東堂と俺がこのチームを引く。五キロ先までのスプリントタイムアタック区間は最上が出る。残り十キロのあたりからエース桜山に出てもらう。発射アシストは春風くんに任せる」
「僕ですか?」
「やれるな」
「……はい、わかりました」
「ではERCはこれより臨戦体制に入る」
と各選手は自分の役割を再確認し、ゴールまで集中するのであった。
他チームも、ダウンヒラーの回収を終わり、ここからゴールとなる江ノ島を目指して加速して行く。
ゴール手前15キロ
スプリント賞を競うセカンドポイントに向け、平坦最速屋の称号のため最上阿良隆はチームから飛び出し、セカンドポイントに向かう。
「最上さん、頑張って下さい!」
と春風や東堂が声を振り絞る。
「君らも、健闘を!」
と最上は応えて、シフトを上げて前に出て行った。
「次は俺の出番や! まっ、ダウンヒルはお前に負けてしまったが、ええわ。春風、お前のその走りで、桜山さんをゴール手前までしっかり引いたってくれ!」
「あゝそのつもりだよ」
「よっしゃ、まずは東堂祭りや、いくで!」
と東堂は下ハンに握り変え、ダンシングで加速を始めた。
あれ? なんかへんや。
「東堂くん、関西弁になってるよ」
「あっそ……なんか分からんけど気持ちようてな。あかんか?」
「全然ええよ」
東堂くん。僕より関西っぽいノリだもんね。
違和感なし。
ゴール手前十五キロに差し掛かり、各チームはエースを一番でゴールへ叩き込むための駆け引きを開始した。
まず動き出したのは、三位入賞を狙うERC、鎌学OB、ジュニ選、南大付属のうち、最後尾に位置する南大付属だ。
インターハイ最速コンビ、エース釜ヶ崎篤志とアシスト桜大観が顔を見合わせた。
「大観、ここで出るぜ」
「了解だ、篤志、なら行くぜ!」
桜は釜ヶ崎を引き加速して、三位入賞争いのバンクとなるERCを猛追した。
この辺りからは、沿道に応援する者がちらほら見え始めた。
その中には、地元南大付属高校の応援団がいて、戦況を語りはじめた。