第82話 花山一角
ERCは現在、三位を独走し、カーブの先にチラリ、チラリと見え隠れする南海大学を視界に入れていた。
山岳ライン五キロ手前
「天野くん? だったっけ?」
「二人で行かないか?」
花山は、ERCのクライマー天野に協調を持ちかけた。
天野は、花山の実力を見誤り、これを断ったが、即座に考え直し「協調しましょう」と改めて持ちかけた。
「天野くんは賢い人だ。その選択肢は正しいよ、ふふっ」
噂どおりだ。
相手をよく見て、一瞬にして見抜き、そのおおよそを支配してしまう。
通称、神殺しの独裁者。
彼の選択に見誤りが起きないのは、人間を知っているということに他ならない。
そう、鎌学の先輩から伝説を聞かされたものだ。
「君の強調を受けよう!」
「まずは私が引こう」
天野は無言で一角のうしろに着いた。
「登りなのにこの加速、ギア変が滑らかだ。おまけに回る足」
先頭を二回入れ替わり、南海大学から飛び出していた釜ケ崎を捉えようとしていた。
山岳ラインのある国道1号最高地点874mを目指して登り自慢たちが凌ぎを削る山岳区間。
山岳ライン3キロ手間での順位は、下から神奈川ジュニア選抜の堂島翔、ERCの天野寛、鎌倉学院OBの花山一角、南海大学の釜ケ崎が遥か先の箱根スパイラルRCTの十文字を追う展開である。
二キロ手前で協調した天野寛と花山は釜ケ崎を捉えた。
「協調はここまでだ、あとはMAN ON MANだ」
と一角は間髪入れず飛び出した。
遅れて、天野も後を追う。
「一角さん、なんで足使うんだ!」
天野は一瞬の内に、一角は釜ケ崎を抜き去っていたが、それは瞬きの瞬間に起こっていた。
この南海大学の釜ケ崎が、なぜエースクライマーの平良一路を差し置き、山岳賞争いに参加しているのかは分からないが、彼も相当な足を持っていた。
天野は「南大くん、先行かせてもらうよ」と言いながら、前に出ると、釜ケ崎もピタリと後をついてくる。
「さすがは名門南海大だ! 簡単には抜かせてもらうないか?」
と言い、天野は先ゆく一角を追うため、得意のダンシングで引き離しにかかった。
一・五キロ手前、花山がメカトラで対処している姿を横目に、その先の鹿島を追う。
鹿島の走りは、言うなれば高性能で無駄なく動く機械のようだ。
一つ一つの動きに無駄がなく、見ていて理想的な走りを体現していた。
天野はこの状況下で、すっかりと抜け落ちた視覚に、ジュニア選抜の堂島を確認した。
「いつの間に?」
残り一キロで天野が鹿島の姿がカーブの度に見え隠れするなか、堂島が天野を捉えていた。
しかし、今日の天野は違っていた。
それは、堂島が迫るなか、じわじわと縮まる十文字との距離。
十文字のメカトラか、はたまた、足を痛めたのか?
絶好のチャンスであったからだ。