第80話 春風の走り
「天野さん、見えました! ジュニ選です」
「まずは、ジュニア選抜ね!」
「天野、春風、そろそろ勾配がキツくなるぞ!」
「了解ですよ、春風、行けるか?」
「まだまだ行けますよ。では、ついて来て下さいよ!」
春風はギアを九段へと上げた。
「捉えます! そんで一気に抜きます」
最上は「おいおい! この勾配をどんだけの速さで登るんだ、あいつは」と唖然とした。
市川も「あいつのケイデンス、あれは七段までの回転だな、なんちゅう登坂力だ」
そういやアイツのチャリ、ジオスブルーじゃない?
あれ?
白色だ。
「最上、あれ、春風のチャリ、なんだか分かるか?」
「コルナゴですよ。レース前に異彩を放ってましたから。旧タイプのV3ですが、いわゆるRSってヤツです」
「プロレーサーが乗ってるやつか?」
「あゝ、そうです」
「軽いし、踏み込むと感じ良く登るんですよ」
「いつのまにか乗り換えたんだ? しかも、あれ高価な代物だろ?」
桜山が振り向きざまに「そいつは眞露が乗ってだヤツだ。天野に聞いたんだが、確か高校時代にアレに乗っていたのを見たことあります」と語った。
市川は「春風は眞露と関わりがあるのか? 不思議なヤツだ」とニヤリと笑い、先頭の春風を見た。
春風はすぐに鎌学OBのケツを捉えた。
「天野さん、このあと山岳賞のトライ始まりますよね?」
「ああ、でも鎌学OB抑えてからにするよ」
「わかりました。一気に行きますが、後ろは……」
市川は「俺たちを見損なうなよ、これぐらいの引きなら、余裕だぜ」と啖呵を切った。
「ほんじゃ、まあ、更に加速して鎌学OBをパスします!」
「まじか、更に加速?」
ERCはフル加速で、前行く鎌学OBに並びかけた。
「市川よ」
「はい、花山さん」
「そちらの先頭のクライマー、あの子か?」
「あっ、そうですね。あの子です」
「いい脚質じゃないか。どうやらバイクの力もさることながら、乗り手も上級ということか。面白い」
「山岳はでないのか?」
「うちは天野ですよ」
「弟の方だな?」
「もちろん。でも、速いって評判ですから、うちのは」
「ほう、では勝負の前に、あの子をひねってから、行くとしよう」
また、一角さん、なんかしでかすのか?
「春風! 鎌学をとりあえず引き千切れ!」
「はい」
市川は不気味な花山一角の言葉を警戒して、春風に隣を千切るよう指示をかけたのだ。