第8話 お泊まりはいかが?
翔子に心許し始めた春風ではあったが、彼女の気持ちは如何に?
――二人は階段を一階まで降りたあと、事務室奥にある螺旋階段から宿泊部屋がある三階まで登り始めた――
「こんなところに螺旋階段があるなんて、驚きました」
「そうね。この建物はちょっと風変わりな構造していて、この螺旋階段はつまりね、プライベート空間への入口なの」
「そうなんですね。そうだ、翔子さんに一つ聞こうと思ったことがあって、今、いいですか?」
「何々? 改まっちゃって」
「あの、翔子さんは、ただのアルバイターなんですか?」
「また、どうして?」
「ただバイト来てるだけ、みたいには見えないから」
「そお?」
「ええ、店長との会話が、こう、家族間の物言いのような気がして……違いますか?」
「……よく見てるね。そうよ、店長の親類なの」
「まさか店長がお母さんなんてことは、ないですよね?」
「……あはは、あははは、まさかね、そんな筈ないよ。店長がお母さんなんて、あははは……」
「美涼さんはまだ、独身なんだから、子どもだって産んだことないんだから。プチウケるね。でも美涼さんには聞いちゃダメよ」
「知りましたから、僕はもう聞いたりしませんよ」
「そうね、もう聞く必要ないものね」
「そうです、聞いたりしませんから」
二人は階段の途中、顔を突き合わせて笑いあった。
そして三階まで上がったところで、翔子は通路の一番奥にある部屋のドアを開けた。
「ここよ」
僕は翔子さんの後について部屋に入った。そして照明がつき、この部屋の様子に驚いた。
「これって……合宿所?」
部屋の扉を開け、その先に左右の扉があった。どちらの部屋にもシングルベッドと二段ベッドが二台ずつあり、ベッドが各部屋六台の計十二台が用意されていた。
「この建物にしてこんな合宿部屋があるなんて、驚きでしょう? ここは遠方からサーフィンするために来た人が素泊まりできるようベッドがいくつも用意されているのよ」
「そうなんだ。驚いたよほんと」
「一般には公表はしてないから、実際は、店長の知り合いが利用しているだけなのよ。だから、宿賃はなしでけど、ほら、この利用のお願い案内見て」
と壁に貼られた約束事を春風に示した。
「そうか、宿泊する時は一階に置いてあるシーツを持って上がりベッドメイキングして、利用後はシーツを外して一階の洗濯カゴに入れるのか。あとは、部屋で出したゴミも一階のダストボックスに捨てるんだ。まさにセルフホテルだ」
「でもね、今日は店長がシングルベッドの準備してくれているから、春風くんはもう寝るだけなのよ」
「本当だ。用意されている」
「翔子さんは?」
「私? 今日は帰るから」
「住まいはどちらなんですか?」
春風は帰ろうとする翔子に声をかけた。
「気になるの?」
「まぁ、ちょっとだけ」
「そう、じゃあ、また今度ね」
「え? いや、凄く気になる」
「はい、よく言えました。女ごころ、ちょっと分かってきたじゃない?」
「勉強になります」
「私の家は小田原なの」
「小田原……ですか」
「分かるの?」
もちろん。真田雪ちゃんの住んでる街じゃないか。
「父さんの知り合いが小田原に住んでいるんです」
「へぇー、そうなんだね。じゃ、明日は昼からサーフィンの練習あるから、夕方にでもまたお会いしましょう」
そう言い残し、手を振りながら部屋を出ていった。
僕はベッドに大の字になって、身体を横たえた。
そして意識が薄れ、寝いってしまった。
目が覚めた。
明るい。
あれ、時間は?
スマホは?
掛け時計は?
七時?
朝?
ちょっとどころか寝過ぎた。
春風は階段を降りた。
「おはよう、よく眠れた?」
店長だ。もう仕事の時間なのか?
「あ、はい。でも寝過ぎてすみません」
「謝らなくても良いのよ」
「えっ?」
店長はにっこりしながら話を続けた。
「早乙女くんに今日一つお願いがあるんだけれど、頼まれてくれるかな?」
「ええ、もちろん……でも何をすれば?」
「明日、鎌高前の海岸辺りで湘南サーフライドが開催されるんだけどね、商工会のテント張りの協力があるの」
「つまり、テント張りをしてこれば良いのですね?」
「なんだけど、頼めるかしら?」
「今日は予定がありませんから、頑張ってきます!」
「頼もしいわね、ありがとう。時間は九時からだから、そこに着替えやタオル、それに軍手もあるから使ってね」
「はい」
「シャワールームはそこと三階にあるし、食事はモーニングあるから頼んで食べていってね」
「ありがとうございます」
じゃあ、取りかかりますか!
美涼 昨日の夜、私の部屋の扉をノックしなかった?
春風 僕じゃありません。ずっと寝てましたから。
美涼 隠さなくても、い・い・の・よ!
春風 ええ、住み込み宿付きやばすぎる!
美涼 次回「お世話になります川崎さん!」でいいかしら?
春風 どうぞ、ご遠慮なく!