第78話 山岳前の給水ポイント
サポートカーで先回りしていた一平たちは、六人分の補給物資を二人分ずつカバンにまとめて、美涼、カオリ、雫の三人が三か所に別れて、三人の選手に手渡す準備に入った。
「先頭が見えてきたよ。紫じゃない?」
とカオリがその集団を捉えた。
「箱根スパイラルよ」
と美涼が反応した。
一平が「さあ、うちのチームも、あの集団の後ろに来てるはず!」と三人に声を掛けて、物資を渡す位置に誘導した。
箱根スパイラルが物資を補給しながら、三人の前を「シャッ、シャッ、シァー」と物凄いスピードで自転車がとおり抜けていった。
「キャァ」
雫が物資を春風に渡そうとした瞬間、春風がバランスを崩しかけた。
しかし大事には至らず、立て直しながら物資を受け取り「どうも」と言いながら給水所を離れていった。
「ヒュー、危うく転ぶところだった」
「お前、今の補給はアウトや。腕でカバンを引っ掛けるつもりで、もらわなあかんのや、あれ? 雪ちゃんや」
「え?」
「俺を応援しに来てくれたんだ、雪ちゃーん」
東堂のその視線の先には、真田雪が手を振りながら「頑張れ!」と応援する姿があった。
そうか、ここは雪の出身、酒匂中学校付近であり、東堂の地元か?
「なるほど」
と納得したあと、春風は後ろにいた東堂に「地元だよね」と振った。
「そうや。しかし俺は誰の応援もいらん! 雪ちゃんの応援一つありゃ、そんでいいんや」
といつになく真顔で東堂は答えた。
お前、真田雪のこと、真っ直ぐなんやな。
雪以外見えてへんやんか。
まぁでも、好きって言うのはそう言うもんだよね?
「おい、春風!」
と天野さんが話し始めた。
「はい」
「そろそろ登りのセクションだから、前を頼むぜ。俺は山岳区間で賞をとりに行くから、途中から前に出るから」
「任せてください。今回引きには自信がありますよ、天野さん」
「そうか、そのRSのポテンシャルをついに引き出せるところまで来たんだ?」
「まあ、ゆうて短い時間でしたけど、調整してきました。見ててください」
と言って春風はシフトをツータップし、シューッと加速した。
「いい加速じゃない。では春風くんのここからの走りを見せてもらおうじゃない」
天野も春風の加速に合わせて前に出ていった。
平塚から小田原にかけて、箱根スパイラル、南海大学の順で第一集団を形成し、呼び声どおりの実力を発揮する中、第二集団から鎌倉学院OBが飛び出した。
ERCは先頭で平坦を引いていた市川と東堂が、加速して来た春風と天野の後ろにつき、桜山、最上と続く山岳登坂の陣形を取り、前を走る神奈川ジュニア選抜と、その前を走る鎌倉学院OBを追う展開となった。
その後ろには、南大付属高校がジワジワと迫り、ERCは山岳区間に入る前のポジション争いに入っていた。