第73話 リコちゃん?
四月のある朝の出会い
大会に向け毎日ハードな練習をしていた春風は、今日も少し疲れが残る朝を迎えていた。
寮生をいつものように送り出したあと、春風は駆け足で寮を飛び出した。
校舎に向かう途中、足を気にしながらしゃがんでいた女の子が視界に入った。
春風は「ねえ? 足が痛いの?」と優しく尋ねた。
返事をしない彼女の傍にしゃがみ込み、彼女がさすっていた足を見てあげようと手を伸ばした瞬間「パン!」と彼女に弾かれてしまった。
「触らないで!」
とその子は春風を軽蔑するような顔つきで睨みつけた。
おー怖い、怖い。
でも右足首が腫れてるかも?
寮の薬箱に湿布があったな。
ああ、肘の擦り傷がひどいな。
消毒液と絆創膏もあったはず。
春風は「ほれ!」と彼女に背を向けてしゃがみ直し、おぶる姿勢になった。
彼女は「放っておいてよ!」と強がりを言って、春風の善意に背を向けた。
「こんな所にいつまでもいるつもりかい?」
「放ってといてよ……」
「ここに座り込んでいても、その傷治らないよ。おぶってあげるから、さあ乗って!」
と春風は頑なな彼女に誘いをかけた。
「あなた、私に恩を売ろうって魂胆ね」
「……あのね、何言ってるのかい?」
「私が歩けないことをいいことに、いやらしいこと企んでいるのね?」
「あのさ、今日日学校の敷地内で登校時間に遅刻しないように慌てている制服を着た学生がだよ、偶然見かけた怪我人に、どんないやらしいことを企てると言うのさ。善意でなければ声かけたりはせーへんよ。わかるかい?」
「……」
「とにかく手当するから、乗りな」
と急かすと、彼女は春風の背中に乗る前に恥ずかしそうに条件をつけた。。
「乗ってあげるから、絶対、胸のこと言わないでよね! 恥ずかしいんだから」
春風は「あー言わねえよ、お嬢ちゃん」と宣言をした。
春風は彼女を背負い女子寮へ戻ることとなった。
管理室のソファに彼女を下ろし、救急箱を開け、傷口の消毒と絆創膏を数箇所貼り、足首にはシップを貼ってあげた。
「これで良し」
と春風が一呼吸すると、彼女は突然泣き出した。
「どうしよう? あたし、こんなんじゃ恥かしくて外に出られない」
と半べそで俯いた。
春風はことの次第が飲み込めず、
「怪我くらいなんてことないじゃない」
と慰めるように口に出したが、その瞬間、彼女は声を張り上げた。
「あたしを誰だと思ってるのよ! あたしは七瀬リコなのよ」
春風は「あゝその名前、知ってる、寮生のリコちゃんだろ? 初めましてだね」と自信あり気に答えてみせた。
「あ、あなた、あたしを知らないの?」
「そうだね、初めまして、寮長の早乙女です」
リコは呆れた。
人気モデルのリコのこと知らないなんて、潜りよ!
お前は何者?
縄文人?
宇宙人?
それとも、
異世界転生?
「リコちゃん、毎日お仕事遅くまでご苦労様です」
何々、知ってるんじゃん。
現代人じゃん、驚かせないでくださいよ。
「リコね、こんな姿じゃ仕事できないから、あなたから事務所に電話して欲しいの」
「……なぜ? 僕が?」
「だって、寮長さんは寮生の親代わりなんでしょ?」
こんな時だけ、かわい子振って都合のいいこと言うんだから、もう!
「で、なんて言えばいいの?」
よし、かかった!
「リコは、足を怪我して、全治三ヶ月って言って欲しいの」
いやいや、君のは全治一週間の間違いでは?
「しばらく仕事できないって言って欲しいの!」
仕事、辛いのかな?
確かにまだ中学生じゃないか?
学業、スポーツや遊びとたくさん楽しみたい年頃だよね……よし!
「分かったよ。じゃあ、リコちゃんの自由のために寮長が人肌脱ぎますか?」
と春風はリコから事務所名と電話番号を聞くなり、受話器を持って電話をかけた。