第71話 円卓の騎士
春風も「凄いや、この部屋!」と声を上げた。
市川は、ここでミーティングが行われる理由をこう説明した。
「三つの理由がある。一つ目は見ての通りこの部屋には、主要大会コースの一万分の一スケールの立体模型があるためなんだ。路面情報を模型を使って視覚的に共有したり、コースを見ながら作戦を立てたりと、メンバー間で正確な情報共有ができるところが大きいね」
「確かに、コース全体を把握しながら各所ポイントを理解できるのは凄いや」
「二つ目は映像設備が整っていること」
「一五〇インチのテレビモニターや調光可能な照明器具などが完備されているんだ」
「どう使うんか分からんけど、サイズが凄いな」
「最後はこの円卓なんだ」
東堂がこれに食いつき「円卓がロードレースと、どう関係があるんですか?」と尋ねた。
「円卓が持つそもそもの意味、わかるかな?」
と市川がふたりに問いかけた。
東堂が「円卓は中国料理食べに行くとあるけど、みんなの顔が見れるから、なんかいい感じになるんじゃないかな?」と答えてみた。
「あはは、確かにチームワーク大事だから、いい感じになる、そうかもしれないね。でも、円卓にはもっと大きな意味が隠されてるんだ」
と市川が更に謎を深めると、春風が答え始めた。
「円卓、と言う言葉で浮かぶのは、中世騎士道物語なんかで出てくる円卓の騎士です。これは重要な話し合いをする時に、王様に認められた騎士たちには序列がないとして、上座や下座がない円卓を用いて騎士の会議が開かれたことに関係があるのですね」
「雑学だね」
「と言うことは、レースで実際に走る選手も、後方支援にまわるサポーターも、レースにおいては上下のないチームの一員であると、各々に認識してもらうための円卓なんですね」
「その解説、大正解だよ」
「ありがとうございます」
「レースは試合に出る選手だけが作るんじゃなくて、控えの選手やERCを支えるメカニックや食料担当なる支援部隊も一丸となって作り出すものでありたいと言う、鎌倉学院自転車競技部の精神を受け継いだ場所でもあるんだ」
東堂は「なんか知らんけど、鎌学スピリッツに感動してまうわ」と握り拳を円卓に向けた。
そんな話をしているところに、ERCメンバーが続々と入室してきた。
「お疲れ様です」
「おう、来てたか若武者よ」
とふざけてきたのが、ERCのクライマーで『坂バカ』と呼ばれる一族で、スイスのグラウビュンデン地方で行われる坂バカのためのレース『アルペンチャレンジ』に毎年出ていると言う秋野一平だ。
今回は怪我により欠場ではあるが、後方支援にまわると紹介された人物であった。
ミーティングが始まるまでの間を利用して、春風は天音にメッセージを送り、帰りが遅くなることを伝え、寮長代理をお願いしたのだ。
天音は昼間はモデルの仕事で学校を休んでいたが、仕事の帰り途中のタクシーの中で春風のメッセージに気付き、了解との返信を送り返した。
箱根湘南サイクルライドレースチームメンバーが揃い、レースにおけるコース地形、路面情報や参加チーム、選手の特徴や戦略など多岐に渡り情報共有がなされた。
また、大会までの練習日程も発表され、選手たちが日時の調整を真剣に行なっていた姿に、春風は気持ちが昂ってきた。
ミーティングは二十一時まで行われ、解散となった。