第67話 天音の公認
春風が寮長室に戻ると、そこにはマスクをした翔子がソファーに掛けていた。
誰かに案内され建物内に入ったらしい?
翔子は春風とは十日振りの再会になり、サーフィンの大会の話などお互いの十日間を聞き出していた。
「トントン」
とノックをして、天音と詩織が見舞いにやって来た。
春風は翔子に「こちらが高等部三年の五十嵐天音さん。日々助けていただいてます」と紹介した。
「高等部二年の葉山翔子です。早乙女くんとは、姉弟みたいな関係です」
と翔子も挨拶をした。
「こちらが妹の……」
「詩織です」
「初めまして」
と翔子は笑顔で詩織に挨拶をした。
「本来、この寮には、関係者以外立ち入りができない規則ではありますが、翔子さんは僕の姉代わりであるため、ご容赦下さい」
と春風は翔子がこの場にいることを理由付けた。
この場において黙っていられない人その一人目は、天音だった。
「おふたりとも、なんとなく似てますね?」
春風と翔子は顔を合わせた。
春風は翔子をマジマジと見ながら「確かに似てるかも」と軽く笑いあった。
確かに春風と翔子は似てるわ。
春風と詩織は……似てないわ。
これはどういうことなのかしら?
天音の頭の中は、少し不思議な感じに包まれた。
「ねえ、春風は翔子さんをいつから姉としたっているのかしら?」
「二週間前くらい前からです」
「そうね、それくらいしか経っていないわね」
天音はこの話で翔子と詩織を味方につけて、春風に迫ろうと本能的に陣形を組み始めていた。
詩織は「翔子さんはなぜ、兄を彼氏ではなく、弟として接しているのかが知りたいです」と空気を読まない、いや天音もやり過ごそうと思った疑念を、ダイレクトに翔子にぶつけてきた。
慌てた春風は、詩織の言葉を牽制するかのように「それは僕の思いを翔子さんが汲んでくれただけのこと」と言葉に詰まった翔子をフォローした。
「翔子さんが春風のお姉さんなら、春風の妹である詩織ちゃんは翔子さんの妹で、詩織ちゃんから見た翔子さんはお姉さんになるよね?」
と天音はそれぞれの位置関係を、わざと確かめるように「つまり、三人は兄妹になるのね」とわざわざ遠回しに、それを数学的に言えば帰納法的見地から結論付けた。
「当人が姉弟を望んでいるんだから、問題はないでしょ?」
天音はこの言葉を引き出したかった。
端にライバル増加は、人間関係が荒れるだけだと認識を持つ天音であり、このふたりを味方につけることが、春風をいただくゴールへの近道と考えていた。
「天音さんは春風のこと呼び捨てで読んでいるけれど、どんな関係なんですか?」
わぁー、聞かれちゃったわ。
そうよ、私は春風の……。
翔子は「彼女さんなんですか?」と天音に尋ねたのだ。
「ちょっと、翔子さん。唐突過ぎませんか?」
と春風は牽制した。
「だって、天音さんて、あのAMANEさんですよね。ティーン誌の表紙で見かけたり、CCRダイヤのCMに出てますよね?」
「え? 嬉しい! 私を知っててくれて!」
「この輝きこそ永遠よ!」って流行語になってましたよね。
「あっ、知ってる」
「春風は凄いね、天音さんとお付き合いさせてもらったら?」
「ちょっと姉さん、それ、とても失礼じゃないか」
皆さん、失礼じゃないから、もっと推してもいいのよ。
どうぞお願い!
「そうね、分をわきまえないとね」
なんか、ちがーう!
私は春風を独り占めしたいんです。
「でも、こんなに近くにいるんだから、お兄ちゃんにもチャンスありますよね、天音さん?」
「そうね、あるかもね?」
「ほらね、お兄ちゃん」
「でも、天音さん、この場ではあゝ言うしかなかったんじゃなくて?」
違う、違うよ。
私は、焦ったかっただけなの。
「やめろよ、僕が惨めに思えてくるからさ」
もーっ、焦しちゃだめよ。
私の大事なところが、うずいちゃうよ!
「ねえ、春風くん! 私と付き合ってみない?」
「不束な兄ですが、末長くお願いします」
「おい、詩織、なんてことを!」
「とにかく私は、お兄ちゃんが天音さんと一緒になってくれたら、鼻は高いし、家族がまた増えて嬉しいわ」
いいぞ、詩織ちゃん!
謹んでお姉さまになってあげるわ!
天音は舞い上がる蝶のように、春風の隣の席のに移り「家族公認の中になったのかな?」とハニカミながら、テーブルの下で軽くガッツポーズをしていた。
「でも、二人並ぶと春風はまだまだ幼いわね」
春風には、高嶺の花かな?
天音さん、思ったより悪い気はしてない?
いや、浮かれているようにも見えるが。
春風に以前から興味があったのかしら?
「お兄ちゃんも天音さんと付き合ったら、ファッションセンス磨かれるかな?」
君たち、僕が黙っていることをいいことに、好き勝手言いよってからに!
「そろそろ帰ろうかな?」
「翔子さん、お見舞いありがとうございました。お陰で元気出て来ました」
「天音さん、本気なら応援します。また来ます」
「また、声を掛けてね」
「詩織ちゃんも、またお会いしましょう」
「はい」
ようやく保護者会は天音の幸福と共に幕を閉じた。
公認だよ。春風!