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男も女も湘南ライドで恋を語る勿れ!  作者: 三ツ沢中町
第二章 よろしく鎌倉学院
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第64話 これが私の精一杯

「少々お待ちください。マイナンカードはありますか?」

「あっ、忘れました」と答え、身分証一つも持たずに来たことに気づいた僕は、彼女の氏名と寮の住所を伝え、とにかく配慮を待った。

 受付担当者が「あら、神楽紗矢香さん、受信歴があるようですね、今月もう既に一度受診されていますから、保険証なしでも大丈夫ですよ。診察券はありますか?」

 春風は「診察券ですか? あの、忘れました」と何食わぬ顔をして受け応えた。

 ここの病院、通ってたのか?

 気になって僕は「前回はどの診療科を受診してましたか?」と咄嗟に尋ねたのだ。

 受付担当は春風を疑うような顔つきで「おたく様は神楽さんのご親族でらっしゃいますか?」とキツめに尋ねてきたため、春風はいろいろ思考を巡らせたのち「彼氏です」と答えた。

 身分確認されたらそれまで、嘘はまでつくリスクを背負ってまで、彼女の情報を得ようだなんて、どうかしてた。

「前回は整形外科になりますね」

 あれ? 答えてくれた。整形外科か。確かに足の傷、凄かったけど、その治療なのかな?

「二番処置室前でお待ちいただけますか?」

 と案内を受けたあと、彼女のところまで歩み寄り「さあ、見てもらえるから、これに乗れるかい?」とカウンター横に見つけた車椅子を足元近くに寄せた。

 起き上がり春風の肩を借りながら車椅子に「んんっ」と移り座った紗矢香を見かけた男性医師が駆け寄ってきた。

「紗矢香、ちゃん?」

 その医師は紗矢香の前にかがみ込んで額に手を当て、聴診器を彼女の胸に当て「ちょっと肺に炎症あるかも」と呟き、「君が彼女をここまで連れてきてくれたのかい?」と隣で立っていた春風に声をかけた。

 急に振られた春風は少し緊張気味に「好きな彼女がぐったりしているのを、放っては置けないですから」と少し嫉妬にも似た対抗意識をこの医師に誇示したのだ。

 その医師が精神科医師・秋山であると、春風は名札から知り得た。

「彼氏さん、紗矢香ちゃんのことよろしく頼みます」と秋山は春風に頭を下げ、立ち去って行った。

 これはほんの一瞬の出来事であったが、「彼氏だ」と宣言してしまった相手が精神科医であったことが気にかかるが、それどころではないと気を持ち直し、車椅子を処置室前まで移動させた。

 看護師から「神楽さん」と呼ばれたため、僕は車椅子を看護師に頼み、処置室前で彼女を待つことにした。

 しばらくして、彼女が点滴を始めたことを看護師から聞き受け、僕は処置室て点滴を受ける彼女のベッド脇にあった椅子に腰掛けた。

 紗矢香とこの第一病院精神科とのつながりを、春風は考えながら、いつの間にか僕は、彼女の横たわるその傍にもたれかかりながら目を瞑っていた。

 

「お兄さん、起きてください」

「う、ああ、寝ちゃったね」

 紗矢香の頬と身体の熱や赤みが少し引いたように感じた春風は「峠は越えた見たいだね」とほっとしたあと、彼女のおでこに手を当て、自分のおでこににも手を当てた。

 紗矢香は「お互いに峠は越えたようね」と少し笑顔が見せられるようになったようであり、僕は立ち上がり「どう、歩けそう?」と心配しながらベッドから降りようとした彼女の手を取って、身体を支えながら処置室をあとにした。

 紗矢香は春風に手を引かれ、会計で医療費を精算し、タクシーで学生寮まで帰って来た。

 もう、午後二時を過ぎていたが、春風も紗矢香も食事を摂ることなく、院内で買ったドリンクを飲んでいた。

 紗矢香を部屋に戻してたあと、僕は彼女をベッドに寝かしつけ、少し溶けかけた氷枕を取り替えようと彼女頭の下に手を伸ばしたその時、彼女は両腕を僕の首に回し手繰たぐり寄せた。

 目の前の唇が、僕に「ねえ、私を好きにして」と動いたような気がしたが、ドキドキしてよく分からなかったし、なんか病気に乗じてしちゃうのってね……。

「紗矢香さんが本気だったらうれしいな」と目を開いた彼女に優しく声をかけた。

 しばらく間があって、紗矢香は「ちょっとふざけちゃったかな? ゴメン」と恥ずかしそうに横を向いた。

 春風くんのカッコつけ!

 早乙女は乙女つくのに乙女心に鈍感過ぎるよ。

「チュッ」

「ええ?」

 紗矢香がそう思った瞬間、春風が頬に軽くキスをした。

「ゴメン、勝手だけどこれが僕の精一杯なんだ」

 今の何? 春風くん、カッコ良すぎるよ。

 キュンときた。

 私、顔赤くなってない? 

 あゝ熱で赤かったね。

 私だって。

 紗矢香は首にかけた腕を引き寄せて「これが私の精一杯よ」と告げたあと、春風を「ムギュッ」と抱きしめた。

 息苦しい上に、紗矢香さんの爽やかな髪の香り、柔らかな肌と豊かな胸の感触に、もう意識飛びそう。

 僕はちょっと恥ずかしくなり、彼女の身体から離れた。

「僕さ、一旦下に行くよ」

 と言ってドアノブに手をけた時、廊下でざわつく声がした。

 春風はそっとノブから手を離し、ドアに耳をあててみた。

 

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