第62話 侵入者
4月10日 新学期二日目
昨晩に引き続き寮長の仕事を天音が代行しているところとなり、総長の麗香は天音のこの行為に対し、冷ややかな態度を取っている。
他の学年長たちも天音をリスペクトしだしているなか、一人だけ批判している立場を麗香は取っていた。
「天音、あなた一体どう言うつもりなの? まさか、あなた、寮長に本気で恋しちゃった訳じゃないわよね?」
「それ、何か問題でも?」
「問題でもって? 天音! 大ありだわ!」
「私はね、男性、しかも学生の寮長なんて、不潔だと思っているわ。だから、彼では務まらないことを示して、寮長を変えてもらえるよう働きかけるつもりなの」
「麗香はストイックに物事を突き詰めようとするところあるよね。けどね、もっと肩の力を抜いて、人と向き合って、相手を信じて、認め合うことができたら、あなたのその思いの強さが、よりあなたの人生を潤いのある豊かなものに変えてくれるんじゃないかしら」
「天音、そのくだりは抽象的でわかりにくいわ。要するに、寮長は女性でないとダメと言う前に、男性で良かったところを探したり、寮長を性差別せず、コミュニケーションを取って、理解するところから始めることが、結果的に自分にとって納得のいく環境を作り上げることができるのだと言いたいのね?」
「……麗香、あなた凄すぎるわ。そうよ、そう言うことを言いたかったのよ」
麗香、恐るべし。
なんかそんな雰囲気で言っちゃったのを、忖度して上手くまとめ上げたわ。本当に凄いわ。
「天音の気持ちを理解しなきゃ、寮長とは向き合えないかもね。でもありがとう。スッキリはしてないけど、決めつけた私の行動は恐らく最悪だったと思うわ」
「それでも、早乙女くんには手を出さないでね、私、堕とすんさじゃなくて、奪いに行くつもりだから」
麗香は束ねていた髪の毛を解きながら「私も女よ、好きになったら誰にも譲らないんだから」とウインクして見せた。
「麗香を敵に回したくないから、早乙女くんに色目はつかわないこと、いいわね」
「ふふふ、そんなつもりは毛頭ないわよ」と髪を再び結び直した。
一方、春風は今日も学校を休もうと、雪にラインを送っていた。
——今日も一日お休みなのね。
——なんとなく頭痛がしているから、静養してます。
——了解しました。授業は?
——大丈夫だよ、なんの心配もいらないよ。
——じゃあ、お大事にね。
——あゝ、サンキュー。
春風は雪に休みになることを伝え、ベッドに横になったまま、目を閉じた。
右手に握ったスマホがバイブで着信を知らせた。
誰?
あっ、遊先生だ。
——姉さんから聞いたよ。お大事に。GWには湘南ライドあるから、体調をしっかり戻しておいて下さいね。
——ご心配をおかけしますが、今日まで休みます。
と春風は返事を返した。
食欲があった僕は、寮生が登校したのを見計らい、ヨタヨタと食堂へ行った。
食事担当の加藤さんが片付けを終えて帰るところであった。
「寮長さんと、誰だっけ、そう、二年の神楽さんの分は、あの保温庫にいれてあるからね」
そう伝えられた春風は立ったまま、紗矢香にラインをした。
——おはよう。紗矢香さん。調子悪いの?
しばらく待っても既読がつかないため心配して、電話をかけた。
「ガシャ」
「もしもし、紗矢香さん……紗矢香さん」
「……んん? 春風くんだ」
「どうしたのさ?」
「喉が……痛い、かも?」
それって僕のせいかもしれない。
どうしよう?
「ねぇ、熱はあるの? 苦しくない? 薬はあるの? 食欲はあるの……」
「春風くんは自分のこと大事にしなきゃ、寝てて下さ……」
「ねえ、大丈夫? 紗矢香さん」
そうだ、きっと僕のせいだ。
僕の病気をうつしてしまったに違いない。
どうする?
まずは様子見にいかなきゃ!
春風は階段を登り紗矢香の部屋に向かった。ヨタヨタした体に鞭打ちながら、息を切らして三階まで辿り着いた。
春風は呼吸を整えるように大きく息を吸い、そして大きく吐いた。
寮生の部屋は寮長と言えども勝手に入ることは許されず、緊急時の場合でも、寮長が単独で入室することは御法度であった。
そんなルールを知ってか知らずか、春風は部屋にそっと踏み込んだ。
春風は覗き込んだベッドの上で倒れていた彼女を見つけた。
「紗矢香さん!」
彼女の傍に駆け寄った春風は、彼女の横に座り、おでこに手を当てた。
「凄い熱だ! どうしよう、なんとかしなきゃ!」
よぎったのは先日のサウナで紗矢香さんが倒れた時のあたふたした自分であった。
僕がしっかりしないと!
救急車? いや、美涼さんか。
僕が昨日行った病院だ。
名前なんだったっけ? ええっと……あゝ、三浦クリニックだ。
ええっと番号はこれか、
「もしもし、もしもし」
「本日は休診日になっております……」
「なんでさ、なんでこうなる?」
「そうだ、僕の薬があった!」
春風は下から薬と水と氷枕を持って上がり、紗矢香の上半身を抱きかかえ、口から解熱剤を投与し水を含ませた。
春風はふと自分のシャツが濡れていることに気づき、紗矢香がたくさん汗をかいていることに驚いた。
「あゝ酷い汗だ!」
彼女のシミーズが、首筋、背中、脇辺りでかなりの汗で濡れていたため、春風は、ベッドの上にたたまれていた白いTシャツを取り、
「これに着替えるよ」
と少し意識のボヤけた紗矢香に了解をとり、彼女の白のシミーズを脱がしかけたが、春風は思い止まる。