第56話 彼女になってよ!
紗矢香さん、大胆だね。
不良娘だけど、お嬢さん。
関心なさそうで、本気モード。
堅実そうで、思いっきりがいい。
自転車乗れなさそうで、乗りこなす鉄人。
「期待以上の紗矢香さん、行きましょう! 江ノ島。浜焼き食べましょう!」
下りから市街地の平坦を抜け、ふたりは江ノ島にやって来た。
「あそこに浜焼きの店あるから、そこまでどっちが速いか競争しない?」
紗矢香は「あなたが勝ったら私はどうなるのかしら?」と敢えて春風に振ってみた。
そう振られたら、期待に応えるのが大阪男子。
「僕が勝ったら、蛤おごってよ」
「それだけでいいの? こんな勝ちやすいチャンス、しかも私を相手にして、蛤一つで満足なの?」
どう言う意味なのか?
まさか、浜焼き全種類ご馳走になってもいいんですか?
紗矢香さん。言っちゃうよ。
すると紗矢香が先に「私を彼女にしたいとか……」と視線を外しながら呟いた。
この瞬間、春風は気づいてしまった。
こんなに一緒にいるのに、僕だけが紗矢香さんを勝手にガールフレンドっぽく感じていたのに、彼女は僕の存在を友人程度に思っていたなんて……。
僕はなんて自惚れ屋なんだ!
なら、言わなきゃ!
彼女になってくれと。
並走する中、春風は「紗矢香さん」と言い放ち、自転車を止めた。
紗矢香も少し遅れて自転車を止めた。
「あのさ」
「うん」
「聞いてくれて!」
「うん」
「この浜焼きレースに勝ったら、僕の彼女になって下さい!」
「……勝つ自信、ある?」
「ええ、もちろん」
「いいわ、あなたが勝ったらあなたの希望、叶えてあげる」
マジっ、紗矢香さん。
なら僕、君を奪いに行くよ!
「私が勝った場合……」
「私が、勝った場合って?」
いらないでしょ! その条件。
なんなの? 紗矢香さん、不満なんですか? この条件だけでは。
そうか、私が勝った場合も、僕が彼氏になるって言いたかったとか?
紗矢香さん、マジ、キュート過ぎる。
「私が勝ったら、ライメイの専属洗車担当にしてあげる」
えええっ、それが、狙い?
意味不明!
紗矢香は「何か条件に不満なの?」と首を傾げた。
そして「男の子ってエッチね」と春風に言いながら「よーいスタート!」と言って紗矢香は勢いよく走り出した。
一方、春風はエッチと言われたことで、少し心を取り乱し、紗矢香の疾走する姿をぼんやり眺めていたが、しばらくして我に帰る。
「あっ、レース、マジ遅れた!」
春風は慌てて走り出したが、タイヤが重くていつものように加速しない。
この時点で、春風は浜焼き屋までの距離およそ三百メートル、紗矢香はその浜焼き屋まで二百メートルであった。
春風の頭の中では、ケイデンスからおおよその速度計算がなされていた。
フロントとリアのギア比が平均3・3なら、タイヤの外周が2・1メートルだとして、ケイデンス55でおよそ時速23キロで紗矢香さんはゴールすることになる。
僕は単純に時速34・5キロで駆け抜ければ勝ちだ。
あれ? それって、ケイデンス83以上回さないと、紗矢香さんに勝てないってことになっちゃうじゃん!
このタイヤでは、スピード乗るまでにケイデンスが上がらないから、負けちゃうか?
何を今更、行くぞ春風!
中町です。
スポ根みたいになりかけた恋勿を、温かく見守っていただきありがとうございます。ストーリーの進行が遅いため、まだ10日しか経過しておらず、暑いこの夏に作品が乗り切れてないことに、焦っています。これからが夏色に染っていくはずなのに、もう夏に置き去りにされている、そんな感じになってしまって。
春風の恋の行方はこれからが本番! この夏に届けよと願いながら取り組んでいます。
応援してね!