第53話 眞露の強さの秘密
「これなんだ、眞露さんの強さの秘密は!」
軽量化されたカーボンV3なのに、シフトは自動変速でなく機械式で、しかも十段変速だ。
意図的な何かを感じずにはいられない。
でもちょっと気になることも。
4速5速あたりのギアの溝が無くなりかけている。相当このギアを酷使したヒルクライムを練習していたと見て取れる。
このギアで踏み込んだら、空転するかも?
スプロケ買う金ないしな、デュラエースの十段、今は売ってるか分からないし。
じゃあ移植しかないか。
105から。
「まあ、V3に乗ってみたら、答えが出そう」
春風の身長には、このV3の規格がぴったりと適合していた。
春風を乗せたV3は、紗矢香の待つニコニコマートに向かい走り出した。
まず感じるのは、ノイズのような鈍い振動で、何かもやっとしたフィーリングが身体に伝わってきた。
単に路面の凹凸を拾う振動吸収性が悪いのか、或いは剛性が強いのか、その理由がわからないが、とにかくスッキリしない。
また、これまで自動変速Di2を使っていたため、機械式のワイヤー操作感がメカニカルな振動と相まって自由自在感があるが、どこかもたつくように感じられた。
国道一三四号で前後の車が空いたため、ダンシングでペダルを踏み込んでみた。
「ガサッ、ガサッ」と4速5速で空回る音がしたため、春風はギア移植をしなければ、コルナゴV3は使えないことを確信した。
合わせて、コンポーネント自体をジオスと入れ替える選択肢も、この時点ではアリだと春風は感じていた。
ギアを更に上げると、シッティングでも踏み込みなしでいい加速感は得られるが、伸びがいまいちだった。
ケイデンスを考えれば、十段のクロスレシオでは平坦のスピードが出ないことも、デメリットとして理解できた。
いろいろ考えているうちに、ニコニコマートまで、コルナゴV3は春風を運んでいた。
「春風くん、遅かったわね」
と店の中から外を眺めていた紗矢香が春風を見かけて、出て来たところで丁度そんな風に話しかけた。
「この自転車には、前の乗り手がつけたクセがあってか、とにかくフィーリングが悪い。それが眞露さんだけに、どんな風に積み上げていたか、或いはこの自転車をどう酷使してきたのかを垣間見た気がしたよ」
「ある意味、スーパースターの強さの秘密を知ったと言うことね」
「まあ、そんなとこ。このコルナゴV3が僕に語りかけて来るんだ。走りを進化させろと」
「ライダーV3は変身して強くなるから、春風もV3に転じて速くならなきゃね」
「それ、なんのこと?」
「分からんでよし」
五十年前のヒーローV3を知ってる私って、ライダーガールだからなのかな?
「その自転車に乗り換えるの?」
「変えなきゃいけない部品も見つかっているから、その目星をつけてからだね」
「そうだ、私、この近くに『ザ・自転車専門店』みたいなお店を見たことあるわ」
「眞露さんとこじゃなくて?」
「そう、外国のブランド自転車みたいなのを扱っている店だと思うよ。ちょっと待って——あったよ、多分ここだわ」
紗矢香はスマホでその店の位置を確認した。
「店の名前は、SRCS(湘南ロードサイクルショップ)で、海外のロードバイクやその部品も扱っているみたい」
「どれ?」
紗矢香のスマホを覗き込みながら、春風はこの店がレンタル自転車を置いているのが目に留まる。
「この店で紗矢香さんも自転車借りて、サイクリングに行かない?」
ちょっと面食らったかのように紗矢香は「自転車久しぶりだからな」と呟いた。
「この店、いい感じだから、行ってみよう」
ふたりは合意したあと、SRCSに各々で向うことにした。
JR藤沢駅の近くにあるこの店は、表の看板に見慣れた文字がかかれていた。
それは『ERC』の文字であり、どうやらこの店の自転車競技チームであるかのように、「募集」と書かれていた。
明らかに紗矢香の方が先についていると思っていた春風の方が、先に到着したのだ。
「あれ、紗矢香さんまだなのか?」
そこへショップ店員が声をかけて来た。
「カッコいいバイクですね。V3-RSですか?」
「いや、V3です」
「本当ですか? 確かに見た目は同じですが、この白にライトブルーのラインが入っていたカラーリングからRSだと思いましたが」
「そんなはずは……V3のロゴが、みて下さい、ここ」
「——待てよ、これ同色系のシールにV3と書いてあるんじゃ? これ剥がれますよ。ピッ、ほらRSのロゴが入ってますよ」
「えっ? なんでシールが?」
「私が知りたいですよ。こちらはあなたの自転車なんですよね?」
「はい、いや、実は先ほど知り合いから譲り受けたばかりなんですが……」
「ほう。先程ですか? でもどうしてこんな価値を下げるようなことを? しかも手の込んだことをわざわざ」
そこにもう一人スタッフが近づいて来た。
「店長」
「どうしたんだい? あれ? 早乙女くんじゃない?」