第52話 コルナゴV3
ロードバイクが三台スタンドに留めてあった。
「これよ」
カオルが一台だけビニールがかけられた自転車を指先、かかっていたビニールをめくり上げた。
目についた白色、コルナゴだ。イタリア製で多くの世界戦ジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスなどで優勝を勝ち取っているブランドだ。春風はダウンチューブにV3のマークを見つけた。オールラウンダー、いや、ヒルクライム向けのハイエンドモデルV3ーRSの廉価版である。
「これが眞露さんのバイク……」
「これ、価格は高いの?」
とカオルが聞いた。
「V3の想定される完成品なら五十万から七十万くらいか」
カオルと紗矢香は驚いた。
「僕のジオスレジーナが三十万円くらいだから、単純な価格ならこのV3の方が上だ」
「なんか含みありそうな物言いね」
と紗矢香が口を挟んだ。
「いや、そんなんじゃなくて、ちょっと乗ってみたいなって」
「春風くん、いいよ」
その様子を見ていたカオルは、春風に試乗することを了解した。
「ありがとうございます」
「春風くんが乗りたいのは、ブランドコルナゴじゃなくて、スーパースター眞露要が活躍した高校時代に乗っていたこの自転車なんだよね?」
「そのとおりです」
「だから私が値段で価値を計るのは愚行。春風くんが感じてる価値が、この自転車にふさわしい価値かも知れないわ」
「えっ?」
カオルさん、どうしたの?
「このコルナゴV3に素晴らしい価値をつけてくれた春風くんに、この自転車、預けるよ」
「またまた。これ弟さんが眞露さんからもらった自転車じゃないの?」
「……いいの。弟も喜ぶと思うから」
「春樹はロードレース中に、転倒事故に巻き込まれて死んだんだ」
カオルの父が、部屋の入り口で春風にそう声をかけた。
何も知らなかった春風と紗矢香は言葉に詰まった。
「急に驚かせてしまったね。春樹は身体が小さかったからこのV3は合わないって、飾ってあったんだ。春風くんならこの自転車を楽しませてやれるんじゃないかってね? そう言うことだな、カオル」
「春風くんならコルナゴV3も答えてくれるはずだから」
「春風くんだっけ、春樹のことはこの際気にしなくていい。この自転車は君が持っててこそ、日の目を見ることができるはず」
「……でも、まだジオスは手放すつもりないから、コルナゴV3に乗り換えるかどうかは……」
「それでもいい、君に持っててもらったほうがいい」
「……そうですか、分かりました」
春風は慎重に自転車を一階まで下ろした。
「そうだ、自転車を春風くんの自宅まで車で運んであげなさい」
父に言われカオルは、車を用意した。
春風はタイヤを外し、車に自転車を乗せた。
「ところで、春風くんはどこに住んでるの?」
隣でそれを聞いていた紗矢香は「クスッ」と笑った。
その笑った紗矢香を睨みつけ、
「そこ、笑うとこじゃない」
と春風は抵抗したものの、
「実は僕のうち、女子寮内なんです」
紗矢香はまた「クスクス」と笑い始めた。
カオルは意味がわからず呆然とした。
「僕、寮長なんです」
これにカオルは「ええ?」っと聞き返し、紗矢香は「あははは」と下を向きながら笑った。
「と言うことは、春風くんは女子寮で寮長しながら生活してるの?」
「まあ、ご理解いただけて何よりです」
「じゃあ、紗矢香と一つ屋根の下なの?」
「そう言う言い方……まあ、そうなりますかね」
「ねえ、春風くんてさ、紗矢香が好きなんでしょ?」
「また、唐突に?」
「紗矢香も春風くんのこと気になってたりして?」
「からかわないで下さい、カオルさん」
「あんたたち、思った以上に初心なのね」
ふたりは返す言葉なくうつむいた。
「じゃあ、コンビニまで乗ってって」
三人は車でニコニコマートへ向かった。
そして到着するなり、ふたりは下車し、春風はジオスにまたがる。
紗矢香はライメイにまたがることなく、ニコニコマートで待っいると言わんがばかりに手を振った。
「春風くん、戻ってくるよね?」
藪から棒に紗矢香さん、ここまで戻って来いって?
「あゝ、もらったコルナゴの試運転で戻ってくるよ」
春風は、ジオスも前後輪を外し、車に乗せた。
手を振る紗矢香をあとに、ふたりは一路女子寮へ。
カオルは車を女子寮へのアプローチ手前で止めた。
車から降りた春風は、自転車二台を組み上げてた。
「コルナゴ、よろしくね」
カオルはそう言って、帰って行った。
春風はジオスレジーナとコルナゴV3を見比べた。
見た目は、どちらもカッコいいが、よく見ていくと一つ一つが違うことに気が付かされた。
まずはジオスを持ち上げ、次にコルナゴを持ち上げた。なんだこの軽さは?
レジーナは十キロ弱だが、V3は比ではない。二キロ近くは軽いと春風は感じていた。
「あれ? リアのスプロケットが十段しかない、DURA-ACEってことは、シマノのハイエンドだよね。レジーナが105の十一段変速だから、V3はクロスレシオなのか?」
といきなり春風はこの設定につまずく。
「軽量化されているのか? 今やジュニアでも十一段変速じゃないか……あっ、ハイケイデンスを維持するための仕掛けか? 今どきはワイドレシオで斜度のあるヒルクライムを楽に回せるようロー側のギア比の幅を上げるよう設定されたスプロケが主流だが、クロスレシオでしか得られない変速のスムーズ感は、ワイドレシオでのヒルクライムでは味わえないからな」
と呟いたあと閃光を浴びる。