第50話 決着!ERC対スパイラル
「前、飛び出しましたよ、眞露さん」
「ここで飛び出したな、よく分かってるじゃないか。ここからは風向きが逆になる。いい風に乗って加速か。ちょこざいな」
「眞露さん」
「さあ、いくぞ、鹿島!」
「了解!」
「市川さん、向こうの運び屋、すごいスピードで通り抜けます」
「おっ、すげーや」
「桜山さん、後ろは?」
「気にするな、ひたすら全力で攻めろ!」
「はい」
「逃げた奴さん、視界に捉えましたよ」
「鹿島! 登りはもうすぐ終わる。この後はアップダウンだ、今のうちに並べ、並べば負けはしない」
「眞露さん、じゃあ、ついて来て下さいよ! ぶん回しますから!」
そう言えば天野さんが、勝負は右回りだって言ってたけど、どこなんだ?
「早乙女、この後なだらかに左に流れた後、きつい右曲がりがあるから……」
あっ、それかも、右回り。
今日は交通規制ないから、右回りの対向車が来る可能性がある。
だから、そこが勝負処なのか?
ここは路側帯がなく、幅の狭い片側一車線だ。
前に低速車がいたら箱スカに並ばれる。
逆に前に車がいなければ、このカーブで入り口で箱スカより前にいて、かつ道路を右寄りに走っていれば、勝てる!
春風は閃いていた。
天野さんは気づいていたんだ、そのことに。
流石ですよ。
でも、ここに来るまで、どこなのか分からんかったけど、納得しました。
「桜山さん、この先の九〇Rで送り出します」
「了解だ」
「うぉぉぉー‼︎」
「奴らコーナー前で加速しますよ」
「こちらも加速だ!」
「奴ら道路一杯に自転車傾けながら加速、発車させました」
「しまった。眞露さん、こちらの発車はコーナー出るまでできません!」
「なんだと!」
「桜山さん、後はお願いします」
「ありがとよ、早乙女!」
「箱スカは? まだ、発射前だ」
よし、この勝負もらった!
箱スカはコーナーを抜けた時点でおよそ一〇〇メートルから一五〇メートル程差は開いていた。
直線に入り、箱スカは眞露を送り込んだ。
ここからは下りが中心のステージだから、バイクコントロールの差が明暗を分ける。
逃げる桜山、追う眞露。
「俺は鹿島。君は?」
「早乙女です」
「若いね、高校生かい?」
「ええ」
「それにしてもコーナーの前から仕掛けたね。知ってて仕掛けたのかい?」
「チームメイトにヒントもらっていましたので」
「そうか、ここまでは褒めてやるよ。その知略を」
「ありがとう、ございます」
「いんや、俺が左利きで右からしか発車台をやらないことを知ってて、この大一番に挑んだことお見事だ」
「左利きで右発車であることは、実は知りませんでした」
「じゃあどうして発射コースを塞いでいたんだ」
「ただ……」
「ただ?」
「そうじゃないかと思っただけです」
「思っただけ? それだけであの動きを?」
「はい」
「確証もなしにか?」
「となります」
「馬鹿げてる。憶測でか?」
「右曲がり、と言うヒントから辿り着いた答えでしたから、信じるしかなかったんですよ」
「まあ、同じこと」
「えっ?」
「この先は、下りで、しかもヘアピンが重なっているから、バイクコントロールで眞露は負けないよ。それだけは間違えねえな」
ヘアピンで差が詰まる。
くっそ、あれだけあったマージンも後十五メートルだ。
「鳥居からはほぼ平坦で、スプリント勝負だ」
「ここは私たちのホームだから、負ける訳には行かないんだよ!」
左へ曲がる交差点を抜けたら残り四〇〇メートル、ほぼ直線のスプリントに入るが、この時の差は自転車一台分桜山がリードしていた。
「ここまで来たら、勝つだけ!」
桜山は全力スプリントに入った。
「ここは私のホームだから、負ける訳にはいかないのだよ」
眞露は並びかけてからの集中力が半端ない。
残り二〇〇メートルでほぼ横一線。
「勝って、桜山さん!」
「勝て、新一郎!」
「勝ってくれよ、新一郎よ!」
みんなが遠くからそう願ったゴール前、桜山と眞露の戦いは遂に決着がついた。
眞露、タイヤ一本分桜山より速くゴール。
眞露は走り切ったあと惰性で走りながら「いい戦いであった」と桜山と讃えた。
桜山は「流石、箱スカのエースさんだ」と眞露を讃えた。
そしてふたりは、そのまま箱根駅伝ミュージアムまで並走した。
その後、両チームがエースと合流した。
「新一郎、お疲れさま」
市川は、箱根スパイラルの眞露が「とても良い凌ぎあいであった」と言葉を残して去っていったことから、おおよその察しはついた。
「みんな、本番さながらの下見走行、ご苦労さま」
と市川は仲間を労い、本番では箱スカにリベンジをすると仲間と誓いあった。
周りいたサポーターたちも、これを冗談だと思うものは誰一人としておらず、本番に向けて皆が士気を高めた。
一行は通り過ぎた給水ポイントを地図で確認し、下りは箱根新道への乗り入れが本日はできないため、往路を戻った。
各々がコースにおけるおおよそのイメージを持ちながら、下見走行を終えた。