第49話 箱根最強! スパイラル登場!
箱根の最強
「眞露さん、あれ見てください!」
鹿島が指差したその先に、ロードバイクの集団が坂を登っていくのが見えた。
「あれ、ERCですよ」
と弟の天野寛を見つけ、そう兄の開は眞露に伝えた。
「桜山のチームだな。そうか、下見に来たんだな」
「間違いないっす」
「我らのホームに迷い込んだERCよ。少し手ほどきでもするか」
鹿島が号令をかけた。
「今からERCを捉えるため、三十秒後に箱根スパイラル、出陣するぞ」
「はい」
三キロくらい走ったあたりで、天野さんが下がってきた。
「早乙女くん、ここで交代だ!」
「はい、出ます!」
やれるのか、僕?
でも行かねばなるまい!
「天野さん、僕はこのスピードでは走れないかも?」
「まあ、前に出てからだ。出れば何かが変わるから」
「え?」
「さあ、上がれ! 早乙女くん」
「はい」
分かりましたよ、行きますよ!
「いっくぞー、やーぁーぁー‼︎」
あれ? なんか違う。
先頭はいい景色だ!
番手とは明らかに自由度が違う。
ドンドン行ける気がする。
「気持ちが高鳴る! 回せる! 登れる! 行けるぞー‼︎」
春風は覚醒したかのように、グングンペダルを回し、急勾配を登り始めた。
「どうだい? 早乙女くん。先頭の気分は?」
「最高ですね。やれる気がしてなりません」
「じゃあ、ギアを二枚上げて、後二キロ登るよ!」
「はい」
春風は思うがままにペダルを回した。
四番手につけていた桜山が「なかなかやるじゃない!」と溢した。
三番手を走っていた市川も「クライマーでも行けるじゃない? なぁ、阿良隆よ」
「彼、本当よく回せますね、このキツメの勾配で」
六番手についた東堂は「やれて当たり前っす。まあ、俺の本気よりは、まぁ、大分遅いですがね!」
最上が東堂に「お前素直じゃないね」と呆れ口調で切り返した。
「俺はいつでも素直ですよ。登りは勝てませんよ、トータルでの話です」
「俺らスプリンターは、トータルじゃなくて、スプリントではナンバーワンであることが重要だろ!」
「……確かに。じゃあ、早乙女ちゃん、遠慮はいらんから、ガンガンとばして見せてくれる、お前の本気をさ!」
その時、東堂は、後ろから距離を詰めてくる自転車の集団に気がついた。
「最上さん‼︎」
「なんだ!」
と最上はチラッと振り返り、一〇〇メートル後方に迫り来る自転車の集団が視界に入った。
「ここを走る自転車集団と言えば、箱スカ? なら緊急事態だ! 前に知らせなきゃ!」
最上は前に上がり、市川と桜山に状況を伝達した。
「市川さんどうします? やり過ごしますか?」
「んー。新一郎、どうする?」
「このまま先をどうぞなんて……ないでしょう!」
「だよな‼︎——分かった。なら、天野!」
「はい」
「後ろに招かれざるご一行がお出ましだ!全力だ! 全速力で引いてくれ‼︎」
天野は振り返り、箱スカの距離を確認し「よっしゃー」と気合の入った声を上げて「早乙女くん、ここからは俺が引く!」と春風の前に出た。
事態急変を悟った春風は、
「頼みます! 天野さん!」
と叫んだ。
天野は雄叫びを放った。
「おーりゃー!」
そして春風は、後ろから迫り来る箱根スカを一度視界に入れた後、「超ワクワクするぜ!」と溢しながら番手に下がった。
その後ろにいた市川先生も「願ってもない! 最高の下見になりやがったぜ!」とメラメラ燃え上がる熱い思いに「やってやる!」と右手の拳を隣を走る新一郎の背中に当てた。
「確かにこれ、こんな面白い設置は、遊さん、嬉しい想定外だ!」
「じゃあ皆んな、覚悟してくださいよ。天野の本気見せますから、エンドまで死ぬ気で回しますから、死ぬ気でついて来て下さいよ!」
と先頭の天野がウインク一つして、下ハンドルを深目に握り直し、ダンシングに入った。
「奴ら加速し始めましたよ。眞露さん、追いつきますか?」
「鹿島、第一鳥居までに追い越せるか?」
「楽勝っすよ、眞露さん」
「よし、天野、アシスト頼むぞ」
「はい、眞露さん」
「スパイラルの走りの違いを見せつけるぞ!」
「はい」
メンバー全員の顔つきが一気に戦闘モードに変わった。
「最上先輩、うちの登り、加速してますよね?」
「当たり前だ、この加速は体感したことない鬼加速だ」
「でも、うしろの箱スカが、もう五〇メートル付近まで詰めて来てます!」
「何? うわぁ、マジか?」
「箱スカがすぐ後ろだ!」
「早乙女! 新一郎を運べ!」
「僕が、ですか?」
「考えてる暇はない。一刻を争う」
「はい!」
「いい子だ! 君に一つだけアドバイスだ」
「はい!」
「勝負処は右回りだ!」
「えっ? 右回り?」
「そうだ、あとは考えろ! 猶予はない! 今だ出ろ! 早乙女! 新一郎! ここしかない!」
「はい! うぉぉぉー‼︎」
「頼んだぞ新一郎、早乙女」