第43話 キューティー紗矢香
一人の時間
歓迎会が終わり一人管理室でくつろぐ春風。そこに翔子から電話が入った。
——元気してた?
——元気でしたよ。
——明日は入学式じゃなかった? 親は来るの?
——いや、来ないよ。まあ、薄情なもんさ。
——そっか、遠方だもんね。
——そう言ってもらうと、幾分救われるよ。
——今日はね、宮崎、いい波来てたよ。
——よかったね。こちらもいい波来てた、かな?
——明日、大事な一戦あるから、春風の声聴けてよかったよ。後は応援よろしく!
——あいよ! 頑張れ、姉さん!
電話を楽しそうにかけていた春風をこっそり覗いていた天音は、彼が何を応援しているか分からないが、女性と楽しそうに話しているだろうその姿に嫉妬していた。
天音は、プライドを傷つけた春風に対し、遊びが遊びで済まなくなる一線を超えてしまった。
「絶対に、絶対に、絶っ対にあの子を骨抜きにしてやるんだから! 見てなさい!」
翔子が全日本でどんな状況下にあるかを聞きそびれていた春風は、深夜テレビのハイライトサーフィンと言う番組で、翔子が準優戦まで進出したことを確認した。
また、テレビを見終わった頃に、紗矢香からのラインが入った。
——今日は一日お疲れさま。
——こりゃ、どうも。
——無事に歓迎会済ませられた?
——歓迎会? なぜ知ってる?
——ん? 春風くん話したよね?
——あれ? そうだったっけ?
——寮生が帰省したら新寮生の歓迎会するって、言ってた。じゃなきゃ、知る由もないよ。
——そうでしたか。
——そうだよ。
——実は神楽紗矢香って子が寮にいて、今日の会には欠席だったから顔も見てなくてアレなんだけど、世の中には良く似た名前ってあるんだなと思った訳で。
——そう?
——ニコニコマートでマジ・リスペクトの神楽さんの氏に、紗矢香さんと同じ名で紗矢香だなんて、奇跡のような気がしてさ。
——そうだね。
ちょっとやりすぎたかしら。
ある時はニコニコマートの店員神楽、またある時はバイク乗りの不良少女の紗矢香、春風くんには黙ってたけど、実はどちらも寮生の神楽紗矢香なのって、言いそびれてた。
いや、厳密には私が嘘をついたことになるね。
どのタイミングで、きちんと白状するか?
または、何食わぬ顔をして惚けるか?
いやいや、もうラインで嘘の上塗りしてしまった——いや、この後の展開は、「そのことだけど実は……」と展開を変えることができるよね——できるできる。
——神楽さんのこと気になってきた。
——そうね、どんな人だろうね?
また、嘘の上塗りをしてしまった。いかんいかん、展開変えなきゃ!
——あのね、会って話したいんだけど、今から会える?
何? 今から会って話って?
——どこに行けば会える?
——七里ヶ浜にいるから。
——わかった。待ってて。
——ええ、待ってるわ。
春風は勢いよく部屋を飛び出した。
こっそり管理室を覗いていた天音は、すれ違う春風が自分に脇目も振らず駆け出して行く姿に、より一層の嫉妬を感じずにはいられなかった。
走らせた自転車を降り、春風は海岸線の舗道を歩く麦わら帽に白のワンピースの女性を捉えた。
あの麦わらワンピの子だ!
こんなタイミングで、なぜここに?
えっ、あれ?
近づくにつれて、ベッドライトに浮かんでは消える彼女の顔に、見覚えのある顔が重なる。
「紗矢香、さん?」
「あっ、春風くん」
ちょっと記憶の整理をしなければならないかも。
紗矢香さんが、あの麦わらの少女だったのか? 記憶の麦わらの少女とイメージはピッタリだけど。
いつも寂しそうに海を見つめていたよな。今はそんな風には見えないけど。
「紗矢香さん! ですか?」
「ええ……呼び出してごめんね。どうしても話さなければならないことがあって」
「そうかな、なんて思ってた」
「黙っていてごめん」
「え? 僕がただ気がつかなかっただけなんだから」
「気がつくはずないよね。別人だってフリしたんだから」
「確かに、別人だって今の今までにそう思ってた」
「誰と誰が、なの?」
「紗矢香さんと麦わらの少女がだけど」
「えええっ、私の言う別人は、その別人とは別人なの」
「……え? まさか、その別人は、森紗耶香?」
「冗談やめてよ」
「と言うことは、まさか、神楽紗矢香のこと?」
「ええ、そうなのバイト先の神楽さんは私なんです」
「ええええーっ、じゃあ、紗矢香さんがリスペクトすべき神楽さん?」
「そうなるのね。本当ごめんね」
「……ちょっと待て! ちゅうことは……寮生なの? 紗矢香さん?」
春風の視線をかわし、目を細めながら水平線の彼方をしばし見つめる紗矢香。
「そうなってるんだな、寮長さん」
「そうなんだ、ならとても嬉しいよ……でもね、寮生の中には君を悪く言う人がいてさ、きっと君は感じてるんだよね、そう言うの」
「まっ、よくは知らないけど、言いたい人には言わせておくしかないと思ってるよ」
「僕は……嫌だよ! 真実とは違う風評が寮内に行き交うのは!」
「……ありがとう。でもいいよ。君が分かっていてくれるなら、それで」
お互いを思いやる気持ちが、ふたりの距離を徐々に縮め始めた。
そして、ふたりは寄せては返す波音を聞きながら、しばし時を共にした。




