第42話 天音の執念
寮生の名簿を見た春風は、パズルピースを確かめるように、高等部二年の神楽紗矢香と中等部三年の七瀬リコが、この会場に姿を見せていないことを突き止めた。
神楽?
紗矢香?
どちらもごく最近、見覚えのある名前であった。
紗矢香さんは神楽さんとは別人なのだから、神楽紗矢香さんは、こう、なんと言うか、イタズラなネーミングだ、と本気でに思い込んでいた。
また、そう思えば思うほど、これに反するように胸は高鳴り、どんな女の子なのか知りたいと言う欲望に駆られた。
まずは、隣の高等部二年テーブルに顔を出した。
そこでは、神楽紗矢香についてどんな感じの寮生かと皆に尋ねてみた。
「あの、神楽さんはなぜ歓迎会に来ていないのか、皆さん知って見えますか?」
この問いかけにいち早く反応したのが、芸能科の小日向マリとモデル科の桜山カオリであった。
「神楽さんは賑やかしいところだったり、自由な行動が取れない場所を嫌う子だから、来ないんだと思うわ」
「授業はサボるは、悪い男たちと夜な夜な遊び回っているとか、鎌倉学院を近々退学になるって噂の子なのよ。だから寮長が気にすることないって」
なるほど。
この寮では浮いた存在で、不良少女って訳だ。
あれ?
それって、紗矢香さんと同じ?
名前が同じだと性格もにるんだな。
そう言えば、バイトの神楽さんにはあったことなかったな。
神楽、紗矢香、二つの名前が一つになって、一体どんな女子なのか、益々興味ありだな。
もう一人の七瀬さんも不良なんかな?
春風は中等部三年のテーブルで、学年長の佐伯セレナに七瀬リコについて尋ねた。
すると中等部一年の山科楓が割り込んで来て、
「寮長はリコさんのこと、本当に知らないんですか?」
何となくバツの悪さを瞬時に感じたのか、
「ん? まぁ、知らない訳ではないが、よくは知らないかな?」
楓とセレナは同じように目を丸くして、
「雑誌見たことないの?」
とふたりの声が揃った。
「ゴメン、本当は知らないんだ」
楓はクスッと笑い、
「リコは売れっ子モデルなんですよ。だから忙しくて歓迎会に来られないんです」
「へー、そうなんだね」
と苦笑いをした。
「でもさ、詩織ちゃんの兄ちゃんが、なんで寮長な訳? 昨日の市川先生の説明をあとで思い返しても、学長の親族だからって学生が寮長になるのって、学業の妨げになるんじゃないかなって」
と唐突に学年長の佐伯セレナが切り込んで来た。
詩織は学長の親族ってどう言うこと? と語らんばかりに目を丸くした。
「学長の親族ってことになってるんで、話合わせて」
と、すかさず詩織にこそっと耳打ちをした。
「本当に詩織ちゃんは楓ちゃんのいとこなの?」
と詩織と楓の前で、セレナが確認を始めた。
「楓はよく分かんないけど、お父さんが早乙女くんは勉強がすごくできて、高校で学ぶ内容は中学の時に学び終わってるって言ってたわ」
「そうなんですか? 詩織ちゃん」
「そうなんですよ、セレナちゃん」
「そうよね、そんな自慢にしか聞こえない話を、早乙女さんが会ったばかりの他人に話したりしないものね。そんな早乙女さんだからこそ寮長に抜擢されたのよね。失敬、失敬」
とセレナは状況証拠が必要と話した。
なんか、皆んなを騙してしまって、悪い気がしてきたな。
いや、詩織まで巻き込む流れになってしまったから、最後までウソを突き通さねばならない。
「学長の親戚だからって、気を遣わないで欲しいし、勉強に関しても高校までの内容は一通り終わっているから、勉強で何か解らないことがあれば教えるから」
「本当ですか? やはり寮長は適格者と思ってました」
なんて素晴らしい人。セレナ感激だわ。
「ありがとう。任せてね」
なんて分かりやすいリアクション。
さっきは刑事のような鼻を効かせて切り込んで来たのに、疑いがなくなれば並々ならぬ信頼を寄せてくる。僕にとってはありがたいが、セレナさん、人をそんなに簡単に信じないでね!
「じゃあこれで失礼するね」
「はーい」
そうこうしている間に、歓迎会は終わりを迎えた。
春風は明日の朝食について、入学式に参加する者と、しない者に時間の差を作り、食事を提供することを考えた。
そして春風は、食事担当の加藤さんにこのプランで進めるようお願いをした。
また、春風は、寮の規則について書かれた用紙を新寮生に手渡した。
歓迎会の後片付け
寮生たちが部屋に戻って行き、残っていた総長や学年長たちに混ざり、先程春風にアタックを仕掛けた天音が何やら今度も春風との間合いを測っているようであった。
春風の視界に映り込み視線の誘導によりロックオン、成功率大幅アップの大接近戦に持ち込んで全弾直撃の完全撃破を狙った自爆覚悟の片道切符、天音は渾身の一撃を春風に喰らわせた。
歓迎会のため吊り下げた看板を下ろすため、椅子に乗っていた天音は、自ら足元をふらつかせバランスを崩した。
「キャーっ!」
すぐ近くで作業をしていた春風は、その瞬時、お尻からダイブしてくる天音に素早く反応し、身体全体で彼女を受け止めようとしたが、そのまま抱きかかえた状態で転倒した。
その場でこの瞬間を見ていた学年長らは、悲鳴を上げた。
「キャーッ!」
春風は転倒しながらも、天音が怪我をしないようギュッと抱きしめていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫」
「良かった」
「ありがとう」
ちぇっ、まだダメなの? ときめいていないわ。
ふたりに怪我がなかったことは幸いであったが、
その一部始終を見ていたある学年長が、これを直感的に求愛行動と見抜いていた。
彼女は、中等部三年刑事佐伯セレナ。 またも天音の動きを確信犯と言い切った。
「ちょっと寮長、気をつけてくださいな。天音先輩、手段を選んでいませんから」
「えっ?」
「捨て身ですから、彼女はもう引きませんから」
「何を大袈裟な」
天音は、セレナが危惧したとおり、春風を落とすことだけしか見えていなかった。
そして案の定、その睨みは的中していたのであった。
「麗香、私、絶対、早乙女春風を落とすから、見ててよ!」
と宣言し、よろよろっと春風の視界に入る位置までやって来て、天音は行動に出た。
「早乙女くん! 手伝って!」
「はい」
「早乙女くん! ちょっとそこ持って!」
「はい」
「早乙女くん! これお願い!」
「あ、はい」
「早乙女くん! ちょっといいかな」
「はーい」
「早乙女くん!……」
知能犯の天音さんよ、あんたの悪事は見え見えよ。お色気の後は、刷り込み作戦か。面白い。
この後は、暫く放置して、
「あれ、天音さんの声や姿が見えない、と不安でどうしようもない。天音さーん!」
なんてのを期待しているに違いない。
あーそうだろう。あんたはこれまでそうやって、何人もの男子を落として来たのだから。
そのパーフェクトボディーを持ってしても落ちなかった男子は……早乙女春風。
フェッ、ヘッ、ヘッ……。
「ねえセレナさん、顔まじヤバいっすよ」
「えっ、あっ、恥ず、見ないで、見ないで!」