第40話 推す?寮長
十四時頃、新寮長就任及び学年長の連絡会が管理室で開かれた。
集まった役員は次のとおりである。
総長
音楽科三年 華宮麗香
高等部二学年長
音楽科二年 浅倉美穂
高等部一学年長
音楽科一年 石原雪乃
中等部三学年長
スポーツ科三年 佐伯セレナ
中等部二学年長
スポーツ科二年 山本蘭
そして、寮全体の責任者にあたる市川先生から、新寮長の紹介がなされた。
「こちらが、新寮長の早乙女春風くんです。彼は特進科の一年生に在籍しています。これからは新寮長と学年長が手を取り、寮生が安心して暮らせることのでる環境づくりに取り組んでいただき、規律を守りながらも楽しい学生ライフを送ってもらえるよう期待するものであります」
この市川の挨拶に、出席していた学年長らが騒ついた。
春風はそんな騒つきのなか、
「只今、紹介のありました寮長の早乙女春風で……」
と挨拶を始めた春風に、総長の華宮麗香が鋭い言葉の刃が切り込んできた。
「どこの世界に学生が、しかも男子がですよ、女子寮の寮長になれるって常識があると言うのですか?」
と市川を明らかに見下したかなのような口振りで、その寮長抜擢の根底を一掃してしまった。
しかし、こんな劣勢極まりない苦境を、市川はまるで想定していたかのように表情一つ変えることなくこう述べた。
「皆さんは早乙女春風くんが知らぬこととは存じますが、何を隠そう山科学長の甥であり、その学力は全国トップレベルであります。これって凄いじゃないですか? 更に驚くべきことは、この高校入学時点で彼は既に高校の学習内容はマスターしています。人格についても、中学時代の内申から学級委員を三年間任されていた実績と、実際に面談により寮長に足る逸材と判断できたことから、早乙女くんの寮長抜擢と言う決断をいたしました」と説明をした。
この市川の雄弁不適切なものと真っ向から否定する麗香は、
「あーあ、これだから大人はダメだわ。学力優秀? 学級委員? それなら逸材だ? 寝ぼけてるんじゃないわよ! 女子寮になんで学びが仕事の学生を抜擢してんですか? まぁ、いいわ……じゃあ、百歩譲って学生寮では間違いが起こらない、そう言うことでよろしいんですね」
当然納得いかず、学年長らに意見を求めた。
しかし、学年長らは、なぜかイケメンの春風を不適任であるとした意見を出す者はおらず、むしろ歓迎する素振りを示していた。
あなたたち!
イラっとした麗香に睨まれた二年の朝倉美穂は、麗香の主張を補足するように「神聖な女子の園に男子学生が寮長とは、いささか倫理的に問題であるとは思われなかったのですか?」と市川の背後から全弾発射で狙い撃った。
これに対し内心ダメージを負いながらも市川は「寮長の選任について規則て男女の指定や、身分についても制限がないんだ」と抗弁した。
そして規則に記されている人物像が、寮生の模範となる人格の持ち主であると謳われていることを付け加えた。
麗香は「では、早乙女春風がその人格の持ち主であるかどうか、しばらく見させてもらい、不適任と判断した場合は、市川先生に責任を取って教師を辞めていただく、と言うことでよろしいでしょうか?」 と詰め寄った。
市川は顔色一つ変えず「問題はない」と麗香の条件を受け入れた。
市川のくせに、人格者だとか男女の規定がないだとかぬかすな、テメェの御託にゃ、うをざりしてんだよ!
寮長就任をめぐり一触即発の事態にまで絡れに絡れた学年長連絡会は、しばらくの沈黙のあと、誰もが想像しなかった春風の口からでたエピソードにより幕引きを迎えることになった。
「あの、僕はみんなから特別視されるような人格の優れた価値のある人間とは思っていません。ただ一つ誇れることを絞り出してお話するなら、十五年間、不器用なりに全力を尽くして生きてきたことでしょうか? 僕は、僕を拒絶する母に褒めてもらいたい一心で勉強に打ち込み、成績を出し、自慢してもらえるような息子になろうと努力してきました。でも、母は成績だけを愛し、本当の僕を見ようとはしてくれなかった。僕には居場所がどこにもなかった親元を離れれば、きっとどこかに僕の居場所が見つかるのではと思いました。今、ようやく見つけた僕の居場所、それがどう言う訳かこの女子寮なんです。僕に居場所を与えて欲しいとは言いません。僕が見つけた温かいこの居場所に居続けるチャンスを下さい」
と春風は市川の一方的な決まり事としての寮長就任を潔く破棄して、自分自身を寮長として認めるかどうかを周りに委ねると言う他力な選択を主張したのだ。
これを聞いていた学年長たちの中にある母性が疼き出し、寮長就任に賛同する声が挙がりはじめ、雰囲気さえも春風びいきに靡き始めた。
正直、春風の話を情を誘う演目くらいにしか思っていない麗香は、当然納得いくはずもなかったが、このまま寮長と遺恨を残す形を引きずることになれば、周りからの求心力を失いかねないと判断し、妥協点を探った結果、総長として麗香は「寮長就任を条件付きで認める」と宣言したのであった。
続いて、市川は明日の歓迎会についての打ち合わせを提起した。
気持ちを切り替えた総長の麗香は、明日の歓迎会の打ち合わせを寮長の春風に同意を求めながら、飾り付け、ケータリングに合わせたテーブル配置や食器の準備、会の進行について、学年長らに協力を求めた。
「司会進行は美穂ちゃんにお願いするね。いいかしら?」
「総長のご指名だから、断れませんわね」
「新入寮生の補助は雪乃ちゃんに任せるから」
「お任せください」
「セレナちゃん、蘭ちゃんは、進行及び会場全体の補助をお願いします」
「頑張ります」
「それと寮長は、一応新寮生と同じく一年目だから、前に並んで座ってもらうから」
「了解です」
麗香は坦々と役割を与え、
「おおよそこんな感じで行くわ。聞いて」
と大局をまとめた。
「新寮生は挨拶が済むまで雛壇にいてもらうけど、食事が始まったら、学年ごとに別れたテーブルに移動する。あとは自由に交流をしてもらって終了とするわ」
複雑な思いで眺めていた麗香の手際の美しさを、人知れずリスペクトしていた春風ではあったが、これほどまでの言われなき中傷により、春風は麗香に対し自然と間合いをとるようになっていた。
歓迎会の打ち合わせがひと通り終わり、麗香と美穂は退席していった。
残っていた雪乃、セレナ、蘭は、麗香たちが戻って来ないことを確認したあと、表情をガラリと変え、とても嬉しそうに春風に近寄ってきた。
「なんたって私たちは、寮長の見方ですよ」
「そうよ、総長は人じゃないわ。あんな言い方ないと思うわ」
とセレナと蘭が、嬉しいことを言ってくれた。
「ありがとう。でも、彼女には彼女なりの寮への想いがあると思うから、僕らも理解してあげないか?」
と春風はふたりにそう話した。
セレナと蘭が退席した後、残った同級生の雪乃は「麗香さんは神経質かもしれないね。悪い人ではないから本当に気にしないでね」と声をかけた。
「ありがとう、雪乃さん」
「そうね、今度こそ居場所ゲットしちゃおう、春風くん」
あああああ、えらいこと言うてしまった! めっちゃ恥ず!
……穴があったら入りたい。