第39話 ここから始まる女子寮生活
市川先生は女子寮管理室の受付窓口を覗きながら、部屋の奥で新寮生宅から届いていた段ボールの仕分けする春風に声をかけた。
「おはよう、寮長!」
「あっ、おはようございます」
と中腰で段ボールを仕分けしていた春風は、背を伸ばしながら振り返り、応援に駆けつけた市川先生らに元気良く挨拶をした。
新寮生の入寮応援と言うことで、学生寮の総責任者の市川先生に香山先生、それに山科学長までもが駆けつけていた。彼らは管理室の出入口までまわり込み、ドアから入ってきた。
「入寮日は例年、午前中が忙しくなるな」
市川は寮に届いている段ボールを見ながらそう言って、腕時計をチラリと見た。
その仕草を見ていた春風は「もうそろそろ寮生たちが集まり始める時間なんですか?」と市川に尋ねた。
「そうだね。例年、新寮生は決まったように入寮日の昼食時間に合わせて入寮しているからね」
とこの時間にあわせて応援に来たと言いたげな物言いで春風に答えた。
また、春風は市川に「あの、入寮期間ってありますよね? それと入寮日の違いって何なんですか?」と尋ねた。
「確かに、それは分かりにくい表現になってるよね。そう、春風くんがここへ初めてやって来たあの日が、学校側が入寮を認める初日、つまり入寮開始日。そして、新寮生を受け入れる対応をしている最終日、つまり本日までが入寮期間になるんだ」
「ならば入寮日という言い方は、おかしくないですか?」
「まあ、なぞなぞ見たくなっちゃうけどね、今日を入寮日としているのはなぜか?」
市川先生、それが分からないから質問しているのに……もう。
「まったく分かりません」
「よろしい……答えよう」
わかり易くお願いしますよ。
「最終日が入寮日と入学案内等で謳っているのは、最終日となる本日からは学生寮の利用料が発生するからなんだ。つまり、新寮生の生活、主に食事なんだけど寮内ですべて賄われる準備が整う日と言うことになるんだ」
「へえ、なるほど、寮の食事も、本日昼食から始まりますしね。それで、最終日が入寮日になる訳ですね」
そした市川は「今日は先生方の昼食も用意されますので、寮生たちと一緒にお召し上がり下さい」と学長らに案内をした。
「今日のランチはパスタランチですよ」
と春風は食堂に貼り出されていたメニューを伝えると、香山先生は、
「パスタいいわね、みんなとランチ、とっても楽しみね」と無邪気にはしゃいで見せた。
山科学長は、何かバツの悪そうな言いっぷりで「私は遠慮しとくよ」とランチを牽制された。
「楓さんがいるからですか?」
と香山先生が淋しそうな顔つきをした学長に尋ねた。
「楓は私がいると嫌がるから、敢えてみんなの前で、顔を合わせないようにしたいんだ」
と山科学長はとても残念そうに答えた。
「年頃の女の子は、みんな、そう言うものですよ、学長」
と香山先生は学長を慰めるように話した。
この日は、市川先生の予想に違わず、帰省していた寮生たちは十時半頃を皮切りに、続々と女子寮に帰ってきた。
そこに新寮生も加わり、出入口のある一階は、見事にごった返し始めた。
「すみません。どなたか見えませんか?」
と窓口で尋ねた新寮生と、その奥にもうひとり、対応を待っている女の子が視界に入り、
「お名前は?」と春風は荷物を運ぶ準備をするために名前を尋ねた。
手前にいた新寮生が「朱鷺谷ララです」と名乗った。
「ああ、ララさんね」
と春風は見覚えていた名前にピンと来て、彼女の荷物を置き直したあたりまで案内した。
荷物の確認後、丁度作業を終えて階段を降りてきた市川先生に、再度、荷物の移動をお願いした。
もうひとり、待っていた新寮生の案内をしようと春風は窓口まで急いで戻り、名前を確認した。
「佐久間ミウと申します。よろしゅうお願いいたします」とまだ幼なげな面影を残す関西弁の彼女に、勝手に親しみを感じた春川であった。
「中一生よね?」と聞き返すと、
「それが何か?」
とバッサリ切られた。
「なんか会話が噛み合わないや」と僕はひとり愚痴を溢した。
気を取り直し、春風は彼女の抱えていた大きな器楽ケースを「持ちましょうか?」と伺ったが、これも「大丈夫です」とけんもほろろに断られてしまった。
しかし、彼女が大切にその器楽ケースを抱きかえる姿に、春風はその心理を理解し、他に持っていたカバンを持ってあげることにした。
彼女を荷物が置かれた場所へ案内したあと、傍にいた香山先生に窓口を任せ、新寮生を部屋へと案内しようと、荷物を乗せたキャリアをエレベーターで上げ、二階の部屋まで運び入れた。
そして、春風が管理室に戻ると、香山先生が「お客様よ」と入り口に立っていた新寮生を案内した。
彼女はこちらをじっと見ていた。
「お兄ちゃん? 女子寮で何してるの? どう言うことなの? 説明してよ!」
と春風はいきなり詰め寄れてしまう。
彼女は妹の詩織であった。
「これには訳あってさ、頼むから父さんたちには絶対内緒な。心配かけるからさ」
と詩織の口を封じるつもりで、圧をかけた。
「うん、そうだね……とりあえず黙っておくけど、あとでキッチリと説明してよね!」
と切り返した。
「そうしてもらえると助かるよ」
そのあと、詩織の荷物を部屋に運び込み、春風はことの顛末を順を追って説明したのだ。
「じゃあ、早乙女や春風が女性っぽい名前だから、性別を間違えられ、挙句、でないはずの女子寮入寮の許可が出されたってこと?」
「あゝまあ、そんなとこで、苦肉の策で寮長になったと言う訳」
「まあ! 呆れた話だわ」
「これ、父さんに言うたら、学校で血の雨降るやろ?」
「降るね、血の雨」
「てな訳でさ、黙っといてくれへんやろか?」
「でも、ええの? 寮長なんて。苦労すんで」
「まあ、何とかなるって!」
「ええけど、じゃあ、うちもなんかあれば協力する」
「おおきに」
春風は再び管理室に戻ってから、市川先生に新寮生は皆、入室完了したと報告を受けた。
午前中で大仕事を無事なしえたことに、内心、ほっと胸を撫で下ろす春風であった。
そして気がつけば、もう十二時を回っており、食堂は寮生たちで溢れていた。
本来であれば各々がカウンターで食事を受け取り、セルフでテーブルに運ぶところであるが、今日は予めテーブルにランチが用意されていた。
これは食堂提供の初日であり、席次が決まってないことによる混雑を避けるための配慮であった。
そして学年長らは新寮生を誘い、同じテーブルで食事をしていると、市川先生は見たままを春風に教えた。
また春風たちも学年長の案内により、窓際のテーブルへ案内された。
「先生、今日はお疲れ様でした」
「君たちもご苦労様です」
と市川先生は学年長らを労った。
お待たせしました。第二章の開幕です。
早乙女春風の寮長生活が始まりました。
春風の恋の行方はどうなって行くのか?
お楽しみに!