第32話 タンデム許可?
休憩
二時間が経過し、吉野さんから休憩を取るよう言われ、僕は事務所に入った。
そこには不良娘の紗矢香が、ぼんやりとスマホを見ている光景が目に飛び込んできた。
さっきは優しくレジのこと教えてくれた彼女はどこへやら、「お疲れ様」と声をかけた僕のことに、一瞬気づいたようだが、なんの反応もなく、急に気まずい雰囲気に包まれた。
なぜ?
関心がないにしても、同僚なんだから、挨拶くらいあってもいいだろ?
空気が重く感じる!
けど、このままでは胸が痛すぎる!
こんなままは嫌だ!
もう、やってやるしかない!
しれっといくぞ、春風!
「さっきは、助かりました。ありがとう」
とどんな反応があるのか、ドキドキしながら思い切り、彼女の隣に座ってみた。
彼女は「早く覚えなきゃね!」とだけ口にして、スッと立ち上がり、スマホをお尻のポケットに入れた。ほんと、こちらの表情がみえてないのか?
君と話したそうにしている僕の顔が!
そそくさと店に戻ろうとした不良娘に、破れかぶれに僕は問いかけた。
「あの! 一つだけ聞かせてもらえないかな?」
紗矢香は背を向けたままピタッと立ち止まり、春風の質問に備えた。
「この店に、神楽って名の店員さんがいるはずなんだけど、ご存知ないですか?」
「……知ってるけど」
「そう、ですか」
「それが、どうか?」
「いや、いろいろと人生のアドバイスをもらってたから、ただ、お礼がいいたくて」
「……彼女のこと、勘違いしないで。そんないい人なんかじゃないから」
え? どうしてあなたがそんなこと言う?
天のじゃくな人だ。
分かったよ。もう、神楽さんの話題は租界しちまおう。
「僕の勘違いなんですね……すみません」
「じゃあ失礼」
「あ、あと、もう一つ、聴きたいことがあるんです!」
「質問は一つじゃなくて?」
紗矢香は春風に釘を刺すかの如く、質問を跳ねつけた。
「どうしてもだめ、ですか?」
春風はせつないきもちでそう聞き返した。
「……どうぞ」
「どうも、ありがとう……」
「それで……何?」
「バイクのことです」
紗矢香は、先程までの無機質な態度から一転、質問に耳を傾けるつもりらしい。
「バイクって、やっぱり自転車より速いんですよね?」
春風は固まり、咄嗟に切り返した。
「えっ、それどう言う意味?」
紗矢香は、突拍子もない質問をした春風に呆れ顔をして見せた。
「だから、僕を後ろに乗せてもらえませんか?」
この子、何言ってるの?
まったく!
女の子の後ろよ!
まだ誰も乗せたことないのに!
紗矢香の顔が今度は歪み出した。
えっ、僕、何言っちゃってる?
調子に乗って言っちまった。訂正、訂正!
女の子を後ろから捕まえてタンデムなんて、変態だと思われたじゃないか!
「本当にごめん……今のはつい言い……」
「仕方ないんだから——んじゃまあ、一時にバイト終わったら、その足で行きたいところあるから、付き合ってよね」
「……いいの?」
「ええ、ただし、後ろから変なことしたら、振り落としちゃうからね!」
しません、しません。
「じゃあ、仕事戻るから」
「はい」
……やった!
紗矢香 私のバイクは速いから。
春風 僕の自転車も速いよ。
紗矢香 じゃあ、どっちが早いと思うのよ?
春風 それは答えが分かってるひとの偏見だ! 次回「バイト上がりの不思議な関係」
紗矢香 どうしたものか?