第25話 決着、春風VS東堂
——春風は折り返しのコーナーの幅を瞬時に判断して、コース取りをアウトへ移動させ、自転車のスピードを下げるどころか更に加速させ、体を極端にイン側へ倒しながら、地面と右足がスレスレの体制で曲がり切った——
「なっ、なんてターンだ! あり得ん!」
東堂は詰めていた距離を空けるのを覚悟で、ユーターンを減速し周りきった。
「おのれ、春風! まだだ、ここから抜き去ってやる!」
そうだよね、東堂くんここからだよね?
「でも、本当のスパートはこの先だよ!」
「分かってるさ、俺だって! がしかし、この条件ならここから行っても俺の勝ちだ! いっくぞ、やぁーー!」
「すごいね、その気迫。君、強いんだね。関東随一のスプリンターか、参ったね。このスプリント勝負、予定以上に早く仕掛けないと、捕まりそうだね」
「行かせるか! コンニャロ!」
——と、その時、空気が一瞬変わると同時に追い風を春風の背中が捉えた——
「今だ、行ける!」
この風ならアシストになる!
「えーい、行っけぇー」
「なっ、なんだよ、その速さ? こっちだってマックス振り切ってるんだぜ!」
なんだこれは、追い風? これに乗ったのか? 風の春風、か。
でも、その速さは、想定外の速さ。どんどん離されていく。
「畜生!」
——春風は勝負に勝ち、東堂は勝ちを逃した。東堂の慢心が、いや、それ以上に春風のレースの組み立てに、ここ一番の追い風が味方したからであろう——
「……完敗だ。俺の負けだ」
「そうだね。でも、君の慢心と追い風がなかったら、勝敗は結末は分からなかったんじゃないかって、思うんだ」
クソッ、なんてカッコ付けやがって。でも、こいつやれる奴だ。
「なぁ、お前は俺のライバルだ! 認めてやる」
東堂くんは本当熱い奴だ。
けど、ライバルか? いなかったな、そんなこと言う奴。
「そうだね、ライバル」
「勘違いするなよ。ライバルと言っても、俺とお前は敵同士だ! 忘れるなよな!」
「はい、そうですか」
まったく、お子ちゃまみたいな奴だ!
「じゃあな」
ん? 何か忘れてませんか?
「ねぇ、浜焼きはゴチになれますか?」
「ああ、次の機会にな」
「ええ?」
「違う、違うぞ。約束を反故にする訳ではないぞ、そう、これは貸しだ。次に対決するための楔だ!」
君、何を言ってんや。
んー。
まあ、いいか。
多分、お金ないのかな?
見たところ、高校生? いや中学生か? 近くで見るとタッパないしな。
あれ、フレームになんか書いてあるぞ。
『ユキ マイラブ』ってなんだ?
「あの、ユキって誰?」
「フフッ、よく気がついてくれたな。教えてやるよ! 俺の愛しの彼女の名だ。真田雪。いい名前だろ?」
まさかのまさか、真田雪?
「あのさ、君ひょっとして小田原から来た、とか?」
「お前、俺ってそんなに知られた男だったのか?」
間違いない。雪の知り合いか?
でも、彼女っていったなぁ。
誰とも付き合ってるはず、ないんだけどな。
「いや、知らないけど」
「まぁ、いいわ。次に会う時は、必ずその借り返してやるからな。じゃあな」
あいつ、しつこい感じだな。
また、どこかで声かけられそう。
「さっ、昼飯に浜焼き食って帰るかな?」
「ブルブル」
あっ、ラインか。
今、七里ヶ浜にあるエスプレッソDワークスにいるのか? 今から来れるって、一人なのか? 美味しいパンケーキ食べましょって、場所は、海岸線沿いの店か。 約束なしに、いつも突然すぎるよ。でも、期待してたら悪いからな。じゃあ、行くとして、そうだな二十分くらいかな。今から向かうよっと。
「ブルブル」
ハートマークか。
「はいはい、待って下さいな」
僕は、焼き蛤とサザエを食べた後、江ノ島を後にした。
春風 どうしてそんなに強気なの?
東堂 強いからじゃ、文句あるのか?
春風 別にいいけど、絡まないで欲しいんだけど!
東堂 負け惜しみは、負けてから言ってくれ!
次回「気になる女の子」
春風 君のことは気にならないから!
東堂 なんだと!