第24話 俺さま東堂との一騎討ち!
——春風は、幼き日、家族四人で来た江ノ島の記憶を辿っていた。
「ハルカ、ハルカ、蛤熱いんだから手で持っちゃダメ!」
「ハルカ、お姉ちゃんが食べさせてあげるから、待ってなさい」
「ショウコ、お前が火傷したら大変だ。父さんがやったげるから」
春風はそこで何かに気がついた——
あれ、姉さんのこと「ショウコ」って?
今の今までに気づかなかったけど、翔子さんと名前が同じだ。これって……偶然?
いやいや、たまたま立ち寄ったパーラーに、ずっと会いたかった姉さんが……いや、それはでき過ぎた筋書きじゃないか? 母さんも姉さんも、自動車事故で亡くなったって父さんから聞いてるんだぞ!
しっかりしろよ、春風!
……でも、何かの間違いだったなら……
「気持ち切り替えて、さあ、蛤でも食べに行きますか」
ペダルを踏み込み、浜焼きの出店のとこまで自転車を走らせた。
——春風が浜焼き屋の前に自転車を止めようとしたその瞬間、目の前に割り込んだ一台のロードレーサー。
「おい、俺が先だ!」
とサングラス越しに睨みつけて来た、いかにもロードレーサー乗ってますと言わんがばかりの風貌の若者に、僕は一言いってやった。
「君さ、自転車乗りは紳士でなきゃ」
「なんだと! カッコ付けやがって、自転車はな、速いもんが優先されるんじゃ!」
「君さ、友達いないでしょ?」
「なんだと! 俺様が一番気にしてることを! いいだろ、そこまで言うならお前と勝負してやる」
「ええ? なんでそうなる?」
「怖気付いたのか? 言っとくが、俺は関東随一のスプリンター東堂満や! 俺と勝負出来るなんてありがたく思えや」
「へー、関東随一ですか」
「なんだと? お前こそ何もんだ?」
「僕は春風、風の春風」
「何それ? 聞いたことないし」
関西じゃ、知らない奴はいないんだがな……。
「いいよ、やろうか」
「じゃあ、俺が勝ったらお前、俺のダチにしてやる。もしもお前が勝ったら、お前にここの浜焼き好きなだけ食わしてやる」
その賭け、面白くないけど、美味しそうだ。
「コースはどうする?」
「この道の先が折り返しができるようになってるから、ここからスタートして、そこで折り返して、ここがゴールだ」
「じゃあ、時間差スタートはどう? 五秒空けてさ。後追いが五秒差を縮められたら先行の負けと言うのは?」
「いや、俺が後追いならお前を抜いて勝ち、お前が後追いなら、五秒を縮めたらお前の勝ちでいい」
フゥッ、ほんと自信家だこと。
「じゃあ君はどっちにする?」
「お前に選ばせてやる! さぁ、どっちだ?」
余裕あるんだ。後追い選んだら、彼力発揮できるよね、レースの駆け引きしやすいから。タイム縮められたら、僕の負けだろうな。
「なら、先行でいいかな?」
「お前、後追いでなくていいのか?」
「まぁ、先行だと自由に走れるからね」
バカ目、後で吠え面かくなよ。
「いいだろう。では勝負だ!」
——二人は自転車を並べて、スマホのストップウォッチの準備をした。そして、車の行き来を確認した後、春風はボタンを押すと同時にペダルを踏み込み、東堂もボタンを押しペダルに足をかけた——
「フフッ、あいつスプリンターじゃないな、スタート下手すぎやろ、もらったな」
あれ、スピード乗らんな? あっクリートつけてなかったか。まぁ、ちょっと骨が折れるレースになるかもな?
ケイデンスとギアのマストバランスを引き出さないと、負けちまうかな?
「勝負はゴール手前三〇〇メールのなだらかな直線だね。そこまでに三秒の差があれば逃げ切れるかな?」
東堂もノンクリートに気付いていた。
「そうか、これは横綱相撲や。悪いが、折り返したら一気に抜き去ってやる」
東堂くんも気がついたのかな?
その余裕な走りなら、抜けそうなものなのに。
スプリンターだから、折り返しのターンワークはどうなのかな?
この位置関係を保っているのは、ターンミスを避けて折り返し後に仕掛けるつもりなんだね?
じゃあ、僕は行くよ!
春風 関東のことは知らないけど。
東堂 何? 喧嘩うるつもりか?
春風 なんか僕より大阪気質?
東堂 何ゆーとるねん。
次回「決着、春風vs東堂」
春風 これは見なあかんで!