第23話 ライダーは不良娘?
――翌朝――
「あああ、今って……ううう、もう、九時、過ぎてる? 寝過ごした!」
シャワーして、いや、それより時間大丈夫か? 面接十時だったよな。
「ちょい巻き気味で行かなきゃ!」
僕は寝起きから、跳ねた髪を濡れた手で整え、歯を磨き、電気を消して寮をでた。
江ノ電で向かうことも考えていたが、この状況下では多分、自転車の方が速いと直感し、ペダルを思い切り回した。
海岸線へと続く坂道を下り、国道を茅ヶ崎方面に直走る。
海岸を横目に、車と電車と自転車の並走、こんな光景はここでしか見られないんじゃないかな、なんて思いながら一路バイト面接へ。
時間は十時三分前、なんとかバイト面接があるニコニコマート片瀬海岸店に到着するに至った。
自転車をフェンスに立てかけ、窓越しに中を覗いた。
「浮き輪か、海岸通りのコンビニにあるあるだなわ」
そんなことを呟きながら、ガラスに映ったペタンとした髪を整え、僕は店の入り口から入って行った。
「いらっしゃいませ!」
と元気な女性の声が店内に響いた。
僕はその店員と目が合い、ゆっくりと近づいた。
「あの、アルバイトの面接に来ました早乙女といいますが、店長代理さんはいらっしゃいますか?」
「店長代理って……ああ、店長代理ね、吉野で良かったかしら?」
「そう、吉野さんです」
「くすっ、私は店長代理じゃないわ」
「え?」
「店長と苗字が同じだけ、たまたまよ。だからか、みんなが店長代理って言ってるの」
「じゃあ、面接の話は?」
「そのことは大丈夫よ。吉野店長から頼まれているから」
「そうですか。良かった」
「では早乙女くん、事務所で面談しましょうか。奥へどうぞ」
「はい」
パイプ椅子に二人は向かい合って座り、吉野はニコッと笑みを溢しながら質問を始めた。
「早乙女くん、履歴書はありますか?」
「はい、あります。ただし、簡単なものですが」
僕にはたいした履歴がありませんから。
「どれどれ——あっ、鎌倉学院高等部なのね。しかも編入して特進コースだから、成績は優秀ね」
吉野さん、よく分かっていますね?
「内にアルバイトできている子にも高校生がいるわよ」
「そうなんですね」
「あと、いつなら時間来れそうかな?」
「基本、土日になります」
「平日の夕方とかはダメなのかな?」
「ええ、ちょっと事情がありまして」
女子寮の寮長してるとは、言いにくいしな。
「分かりました。うちは、土日祝祭日が人手不足になりがちだから、よろしくお願いしますね」
「はい」
「因みに、この春休み中はどう?」
「明日、明後日は問題ないです」
「了解、じゃあ採用ねっ! 明日午前七時半からよろしくね」
「分かりました。ありがとうございます」
面接を終え、吉野さんに見送られ店の出入口まで来ると、店の前に一台のオートバイが横付けした。
その女性がメットを外した。
派手なライダースーツに長い髪、しかも若い、大学生か?
「紗矢香、遅刻よ!」
「すみません、すぐ入ります」
と言って店に入って行った。
「今の女の子って?」
「うちのアルバイトよ。不良娘よ。でも、カッコいいでしょ、気になる? 高校生よ」
ちょっと大人びてる。不良娘って感じだ。
「どこの高校なんですか?」
「ごめんね。それは個人情報だから。気になるなら直接聞いてね」
「いや、そこまでは……いいです」
「じゃあ、明日午前七時半から、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
僕はコンビニを後にして、一路、江ノ島に向かった。
なぜ江ノ島か、それは二つの理由があった。
一つは、次の土曜日に行われるサイクルライドの下見走行のための集合場所になっているからだ。下見の下見だろうと、僕にとっては心が落ち着く行為だから、省けないことなんだ。
そして、もう一つは、幼き日の思い出巡り。母や姉がいたあの思い出の中だけにある、僕のもう一つの家族。
海外線を走る僕の自転車は、左に広がる湘南ビーチを眼下に、その先に待つ江ノ島大橋を捉えて前へ前へと進む。そして強い日差しに遮られた視界にも、思い出の江ノ島はぼんやりと浮かび上がっていた。
大橋に差しかかり、それまで心地良いと感じた潮風も、ここでは不規則に強さを増してくる。
「風、強いな」と呟きながら前傾姿勢でハンドルにしがみついた。
左の視界に映る景色は、昔見たことのある朧げな湘南だった。
江ノ島に入りすぐ左に公園、「ここだね」と横目で確かめながら、その先にある雑貨屋まで向かった。
遠くに見えた雑貨屋の前の出店、浜焼きの店だ!
「母さん、姉さん」
僕はペダルをを止めた。
吉野 コンビニ店員だけど本業は別なの。
春風 どんな、仕事ですか?
吉野 フリーカメラマンよ!
春風 カッコいいですね!
次回「俺様東堂との一騎打ち」
吉野 アルバイトしないと生活できないから、カッコ 良くはないかしら!