第22話 誰もいない女子寮散策
――学生寮――
夕日が差し込む頃合い、自転車でパーラー七里ヶ浜を出た春風は、今日から寝ぐらとする鎌倉学院学生寮に向かった。
ゴールまでの道のりは距離こそ短いが、終始登りが続く。
終盤、正門までのおよそ百メートル地点から始まる急勾配の坂道に至り、僕は一人、ゴール直前で勝利を欲するかのように自転車のペダルを全力で踏み込んだ。
そう妄想することで、辛い坂道が楽しくなり、その頂きに辿り着いた時に得も言われぬ幸福感で満たされるのが、ある意味癖のようになっていた。
こんな妄想レースを終え、残されたなだらかなコースを道なりに、一路ペダルを回した。
学校の敷地内については、正門から向かって右側に中等部エリア、左側に高等部エリアと分かれている。学生寮は、学校敷地内に設けられた居住エリアに建っており、正門から左に延びるアスファルト舗装がされた道に沿って敷地内をおよそ半周したあたりに建っていた。
学生寮の出入りは、本来一般道から引き込まれたアプローチの先の裏門を通じる造りになっているが、如何せん便利が悪い。
僕がそうしたいと思ったように、きっと寮生たちも校舎との行き来を、時間と距離の観点から、敷地の通り抜けと言う選択肢に結びつけているのだろう。
その裏付けは、敷地に敷き詰められた芝生に、寮と校舎を結ぶ小径、いわゆる桑田ロードがあることだ。
例によって静脈認証で屋内に入り、管理室を覗く。分かってはいたが、もう秋田さんはいない。
まず、管理室の隅に置かれた新入生のダンボール。
僕の荷物を片付けてしまおうかな。
他の新入生は、中等部の入学生なんだろうか?
それとも自分と同じ高等部にもいるのだろうか?
荷物ラベルでは、まったく分からないな。
では、奥のプライベートルームを見に行きますか?
そんなこんなで寮長室を一時間程で自分色に染めた春風は、管理室の壁に大きく貼られた寮内の見取図を見ながら、
「寮には誰か……いや、いるはずないか。寮生たちは恐らく、食事提供が始まる四日の夜に合わせて帰省先から帰って来るだろうし。そう考えるとだよ、明日明後日は僕一人だけ。それならそれで、静かに過ごせるってもんだ」と。
そして、気分転換に誰もいない寮内の散策をしてみようと春風は思い、スマホで寮内見取図をパシャりと写し、窓口の脇に吊り下がった懐中電灯を手に取り、管理人室を後にした。
「まずはフロアの見取図っと、どれどれ……一階はえっーと、手前から奥へと、食堂、談話室、トイレに大浴場があるのか」
照明スイッチを入れ、通路を進むと、まず右手には食堂があり、スライド式の開閉扉の奥には、フードコートで見るような配置のテーブルが並び、右側には厨房があり、壁には四月の献立が貼られていた。
「ええっと、四日の昼食は……パスタランチ。夕食はエビチリに炒飯か。若者向けの賑やか料理で寮生のお迎えって感じだ」
次は談話室にトイレ、その通路を挟んで大浴場を確認だ。
「ガチャガチャ、あっ、談話室、鍵が掛かってるな。ここは認証機なしなんだ。管理室に鍵あるのかなぁ?」
ここは、また今度だ。
じゃあ次はトイレか。
「ここ、男性用トイレあったけど、立ちっぱ便器がなぜない? ん、仕方ないか、女子寮だもんな。いや、これ大事な問題じゃないのか? 男性トイレまで女子が使ってたら、まずいな。貼り紙しとかなきゃね」
そして反対の大浴場の中に入ってみる。
「ここは確か寮長が掃除することになっていたな。ここが脱衣所で、ここサウナか。サウナまであるなんて凄いや。その奥の引き戸が、ガラガラガラ、浴槽か。温泉さながらってとこか。意外に広いね、このライオンから湯が出るみたい。寮にライオンか、ミスマッチ。そうだ、ボイラー室はさっき見た扉の向こうかな? アタリだ」
と言いながら一通り操作手順を見て、廊下まで戻った。
「そこの階段から二階へっと、スタスタ……、奥まで見晴らし良し!」
二階は中等部フロア。トイレ、シャワールームは通路中央にあり、寮生の部屋が立ち並ぶ。
掲示板だな。学校や寮長からの連絡事項が掲載されているな。僕の仕事なのか?
通路を端まで歩く足き、もう一つの階段から三階へ上がる。
三階は高等部フロアであり、造りは二階と変わらないようだ。
通路を通り抜ける途中、シャワールーム前で立ち止まる。
「何か奥、明るくない? 誰かいる? まさかね」
といいながら入口の照明スイッチを消した。
「……いないな。暗くなれば叫ぶもんな。誰か電気つけて! ってさ」
三階フロアを通り抜け最上階へ上がる。
そして最上階は学習室に、ん? 展望室? 気になるから行ってみよう!
「ガチャ、うわぁー、絶景!」
展望室は実際五階の高さにあり、高台にある鎌倉学院からは、より一層、湘南を一望できるスポットになっているようだ。
目を閉じると波の音、江ノ電が通り抜ける度にカタンカタンと伝わってくる響きが心地よく、潮風が幾分ひんやりと肌を撫でる。
時を忘れてしまう。
とその時、バタンとどこからともなく扉が閉まる音がして、振り返る。
「誰か、いるの?」
「……いやしないか」
「風で扉がしまったのか?」
春風 一人はいいな。心穏やかに過ごせる。
次回「ライダーは不良娘?」
穏やかでなくなりそう!