第205話 ライバルになりたかった憧れの選手
箱根スパイラルに憧れても、その選手に簡単になれるものでもない。
そんなスーパーチャンスが目の前に来たんだから、狙うのが猛者の宿命なんですよ。
「市川先生の話は終わったの?」
着替え終えた翔子は、嬉しそうに戻って来た春風に声をかけた。
「まあ、そうね」
「なーんか嬉しそうな顔してるじゃない? さては何か良いことがあったんでしょ。話してみなさいよ!」
と翔子に押し切られた。
「実は、憧れのロードレースチーム・箱根スパイラルのメンバー募集があってさ、そのチャレンジレースに出られるみたいなんだ! 凄い話でしょ?」
無邪気にはしゃぐ春風に翔子は、
「凄いね、けどね、市川先生のチームはどうなってしまうの?」
と苦言を呈すと言うより、ERCの戦力ダウンになることを見透かしたように問いかけた。
「戦力のことを言えば、身も蓋もないが……ERCに集まるメンバーだって自転車好きの仲良しの集まりではないんだ。中には強いチームで腕を磨き、更なる高みを目指したいと考える選手だっているはずだよ」
「高みを目指すか……確かに、選手にとって、それが本質には違いない。わかるよ」
翔子は春風の身を置く自転車の世界にも、自身が身を委ねるサーフィンの世界と同等の本質を垣間見た気がしたのだ。
「翔子さん、もうこの話はやめにしませんか?」
「ええ?」
「だって、この話には結末が見えていて、ERCは僕にとっては大事なチームだけど、ステップ(踏み台)にして行かなければならないチームでもあるんだ。まぁ、こんな言い方シュールかもしれないけど」
と話の腰を折った。
「そうね……春風がそう思うなら、チームのことはひとまず置いておいて、了解!」
「そうだ、翔子さんのサーフィンの展望なんかを聞きたいな」
「ん? どうしたの急に? サーフィンのことなんて聞いちゃったりして?」
と目を丸くして、翔子は聞き返した。
「いやぁ、サーフィン動画を結構見て来たからか、やって見たいなぁと思えるくらい身近に感じているところで」
「なるほどね。じゃあ、教えてあげよう。私はCT選手になりたいのよ。CTはね、WSLが主催する世界のトップサーファーたちが参戦する最高峰のステージのことなのよ。最高の波場を転戦するCT選手は憧れなの」
「へー、凄いね、でも翔子さんなら実現できるんじゃないのかな?」
「まさか、そんな甘くはないけどね、でもね、希望だけは持っているよ」
「そうなの?」
「そうね、春風が知っている人でそれに近い選手は、フィリス女学院のララHバイス選手じゃないかな?」
「この間のダービーの選手か……確かに別格だったね」
「あとは春風は知らないけれど、かつて私が超えたいと思っていた同世代の選手がいたの……試合前の練習中に事故を起こして、いや、巻き込まれたのかもしれないけれど、その後、突如この世界から消えてしまった天才サーファー如月紗矢香」
「如月紗矢香?」
とかくサヤカって名前をよく聞くものだ。
「ライバルになりたくて、いつも熱く波に喰らいついたこと、覚えてるわ」
「でも、もういないんだよね」
「ええ」
「なんか良いね、そう言うのってさ。ほんとサーフィンやりたくなるね」
「……いいよ、やりたいのなら教えてあげようか?」
「えっ、本当に? 時間作れるの?」
「そんなの訳ないよ。ただ、やるなら朝から始めたいから、明後日はどう?」
「えっ、そこはゴメン、無理なんだ。自分から切り出しといてあれだけど、明後日から友達と泊まりの旅行に出かけるんだ」
「あれ? そんな仲良しな男の子、いたのかしら?」
姉さん鋭いな。
待て。
不用意に「女子とお泊まり」なんて言ったらどうなる?
でも女子がふたりだもんな。
まあ、いいか?
「実は女子ふたりと僕の三人で行くんだ」
「ちょっと、まさか……女の子とお泊まりなの?」
あゝやっぱそうなるのか?
「まあ、女子はふたりで僕はオマケみたいな感じだから。ほら、高等部選手権で優勝したメンバーだよ」
「えっ……ゴメン、そうなんだね。メンバーのことは知らないけど、まぁ、戦友ってとこだね?」
あれ? 意外とあっさり。
「まぁ、そんなとこ」
「どこ行くの?」
「東京ドリームランドに行くんだ」
「ドリームランドか、良いね、私も一度、行ってみたいな」
「あれ、翔子さんて、遊びに行ったことないんですか?」
「そうだね……連れて行ってくれる親も、一緒に行ける友達もいなかったからね」
なんか、しんみりしちゃったな。
「じゃあさ、今度、翔子さんを僕が連れて行ってあげるよ」
「それは嬉しい話だね、家族旅行みたいでワクワクするよ」
やっぱりデートの感覚ではないんだね。
家族旅行でワクワクか。
どこまでも姉弟なんだ。
まあ、僕も同じ感覚なんだけど、成立しちゃうとこが凄いわ。
「ねえ、ところで姉さんには彼氏はいないの?」
「私? 私はね、サーフボードが彼氏みたいなものかな?」
なんともスポ女的発想。
こんなに見た目も中身も申し分ない素敵な女性なのにね。
ボードが彼氏……。
ふふふ、自転車が彼女の僕とまったく同じ発想だね。よく似てること。
百々のつまり、お互い乗ってて気持ちいい間柄って訳だね。
「その感じ、よーくわかりますよ」
如月紗矢香って誰なんでしょうね?
みなさんは気づいて見えますよね?
気づいていない方は、この先の話で答え合わせをして見て下さいな。




