第203話 僕と彼女と大花火
「ヒュ〜、ドッダーン! バチパチバチパチ」
江ノ島の方角に大きな花火が一つ上がり、海岸の人混みから「オー」っと歓声が上がった。
これが湘南大花火大会の始まりの合図であった。
店先には、真田雪、店の手伝いを終えた常盤結奈、ちょっと離れて東堂満が花火を見上げていた。
「ヒュ〜、ヒヒュ〜、ドッターン、ドドドカーン」
「こりゃ凄え! 迫力あり過ぎだ!」
と東堂が一人呟いた。
「春風くん、そろそろ時間よ」
「そうだね、うちの店は十九時には店じまいすることになってましたね」
ふたりは売れ残りの入ったダンボールをリヤカーに積み上げ、ニコニコマートに戻るため、出店を後にした。
「ヒュ〜、ドターン、パチパチバチ」
「やっぱり花火は迫力あるね!」
と春風はリアカーを引きながら花火を見上げた。
「うん、たまや〜!」
と紗矢香は叫んだ。
「かぎや〜!」
と続けて春風も大きな声で夜空に叫んだ。
ふたりは目を合わせて、大きな声で笑い合った。
「玉屋は美しい形の花火が得意で、鍵屋は豪華な花火が得意な花火師の屋号から取った掛け声なんだよ」
「へぇ、よく知ってるわね?」
「それはお褒めいただき、ありがとうございます」
と言いながらリアカーをまた引き始めた。
「ねえ、こんな風に仕事してると、いつもより楽しいと思わない?」
と紗矢香が溢した。
「いつものコンビニ仕事でも、僕は楽しいよ」
「えっ? なんて言ったの?」
紗矢香が聞き返すと、
「なんでもないよ」
とはぐらかした春風は、空を見上げて、
「あは、あははは……」
と思いっきり笑い出した。
「ヒュ〜、ドドドドカーン!」
「あっ、見て、ハートの形だ!」
「本当、綺麗ね!」
春風と紗矢香は再びリアカーを停め、絢爛豪華に打ち上がる大花火をしばし見上げていた。
「今更なんだけど……私たちこれまで写真なんか撮ったことなかったよね?」
と紗矢香はふと、花火を見入っている春風に問いかけた。
「ええっ?」
ん、もういつも聞こえないフリしてるのかしら?
「あのね、私たちの……」
「そうだよね、思い出の写真が一つもないなんて変だよね」
あなた聞こえているのなら、もっとわかりやすいリアクションしなさいよ。
いけずなんだから。
「でしょ」
「花火をバックに自撮りしちゃおうか?」
と春風はスマホを取り出し自撮りの準備を始めた。
「うあっ、紗矢香さん?」
僕はその瞬間、僕の腕に身体をあてるようにしながら、スマホを覗き込む彼女の顔があまりにも近すぎて、思わず固まってしまった。
「ねえねえ、春風くん。ふふふ、なに硬くなっちゃってるの?」
そう彼女に言われ赤面。
これが紗矢香流の高等なるイタズラ殺法であることに気付いたのだが時遅し、体は正直に反応して、心拍数もバクバクに上がってしまった。
「もうどうにでもなれ!」なんて僕は思うしかなく、ぎこちない顔になってしまったよ。
僕の顔を覗き込んできた彼女は、
「ドキドキ、させちゃったかな?」
と故意にやり過ぎたことを認めるかの如く、小悪魔が僕に笑いかけた。
でも、なんか幸せだ。
こんな風に僕に絡んでくれる人は、翔子さんを除けばこれまで誰もいなかったから。
「いくよ、はいチーズ!」
「カシャ」
「おお、花火をバックにいい感じのが撮れたよ。あっ、でも僕の目線が少しだけ紗矢香さんを意識した感じの写りになってるね、あらら」
「うふふふ、これ、いいんじゃない?」
「はあ、こりゃどうも」




