第202話 切ない恋の物語
「ねえ、マネージャー、少しだけ時間もらえないかな?」
「時間ですか? 次の仕事があるからな。そうだな、二十分くらいなら……で、その時間で何するつもり?」
「前に住んでいた女子寮の寮長を見かけたから、挨拶して来たいの」
「なら目立たないようにしないとな。そうだ、この麦わら帽とサングラス、それに汗拭きタオルを首からかけて変装してきな」
「はい」
「じゃあ、なんかあったら電話して、車で待ってるから」
「ありがとう」
天音は許された時間で、先ほどコンテスト会場で見かけた春風が来ていたニコニコマートの緑色のバイトTシャツを頼りに、浜茶屋を回り始めた。
実は天音の中には、今はまだ会う時期ではないと思う気持ちが先行しているため、携帯で呼び出すことなく、ただただ春風が働いている姿をこっそり覗きたかったのだ。
ようやく春風の働く出店を見つけた天音ではあったが、スキャンダルが御法度な身の上、駆け寄りたい衝動を必死で抑え込むように春風の様子を眺めていた。
そこに許し難い光景が目に飛び込んで来た。春風と楽しげに笑っている神楽紗矢香の存在であった。
「あの泥棒ネコ!」
そう声を漏らして、左手に持っていたスマホをギュッと握りしめた。
そうなのです。
かつて体調を崩し寝込んでいた春風の世話を巡ってふたりは争ったことがあり、紗矢香を天敵とする天音は、春風の傍にいる紗矢香を見ただけで過呼吸に陥っているかのように呼吸が乱れた。
そして、ここまで我慢していた春風の姿を一目見だけ見ようとか、声をかけずに去りたいとか、そう言うの、もうどうでも良くなってしまうくらい、彼女の心を掻き乱した。
「天音先輩!」
呼ばれて振り返るとそこには、湘南ビューティの桜山カオリが立っていた。
天音は乱れた髪を指で解かしながら振り返り、カオリに作り笑いを見せた。
「あら、カオリちゃん、どうしたの?」
「天音さん、なんか顔がこわばっているみたいですが、何かあったんですか?」
「ええ? いや、あゝそう?」
「どうしたんですか?」
「いいの、大丈夫よ、なんともないから……」
天音さんのリアクションが、いつもと違うかも?
「ねえ、あれって早乙女くんじゃないですか?」
とカオリは天音に確認をするかのように問いかけた。
「あ、あたし時間ないから、帰るね」
とカオリの言葉を無視するかのように、天音は急ぎ足で去って行った。
「天音さん?」
とカオリは天音を見送っていた。
「あの湘南ビューティのカオリさんですよね。一緒に写真撮ってもいいですか?」
ええ?
私と写真?
「ええ、構いませんが」
「ありがとうございます」
と通りかかった女子たちに囲まれた。
これってなんだろう?
あっ!
コンテストで優勝したからだ!
凄い!
今までにない展開。
……悪くないかも。
「ねえ、あそこ見て!」
と結奈が春風に声をかけた。
「あれは桜山さんだ。一躍人気スターの仲間入りって感じだね。そうだ寮に帰ったら、サインもらっておこ!」
「春風くんはミーハーね」
と紗矢香がちょっかいをかけた。
「いいじゃないですか? 活躍する寮生の姿を見ると、なんだか応援したくなるんです。親心みたいな。変かな?」
「なるほど、早乙女くんはみんなのパパのつもりなんだ?」
と結奈が揶揄うと、
「パパ、そこのゴミまとめておいてね」
と紗矢香がふざけた。
「こら!」
とまた春風は逃げる紗矢香を追いかけ回した。
「本当、あのふたり、息があってるのね。羨ましいわ」
と結奈は、仕事を放って追っかけ合いをしているふたりを眺めていた。
「天音、用事は済ませたのか?」
「ええ、まぁ」
車内から窓の外に映る海岸を見ながら天音は憂鬱な気持ちに苛まれていた。
あたし、なんなんだろう?
手にした物の代償がこのやり場のない気持ち?
こんなんじゃ、もう笑って仕事なんてできないよ。
「天音ちゃん……次の仕事さ、スポーツドリンクのCM撮影だから。笑顔出していくよ!」
「ええ?」
笑顔?
どんな顔したらいい笑顔になるの?
「楽しかったこと思い出してごらんよ。笑顔ってのは、そんな思い出がたちが作ってくれるものだからね」
いい事言うね、マネージャー。
知ってか知らずか、心に響くわ。
春風との思い出か……。




