第2話 僕、男なんですけども?
進学のため神奈川県鎌倉市の鎌倉学院高等部に進学した主人公・早乙女春風は、高校三年間を学生寮で過ごす流れであったはずが、入寮予定の男子寮が建替工事であることを知り愕然とした。
果たして春風はこの先どうなってしまうのか?
――学校敷地内には男女学生寮が存在するも、老朽化の進んだ男子学生寮は、この春に建替工事が決まっていた。当然、今年度の男子新入生の入寮募集はされていないにも関わらず、入寮許可がでていた春風にとっては、まさに青天の霹靂と呼べる事態であった――
ただただ僕は、立ち尽くした。
近くを通り過ぎた自転車の郵便配達員が、しばらくして戻って来た際に、
「来年は新しい学生寮ができるべな。だいぶ雨漏りもしとったみたいよ」
と、さらりと声をかけて去っていった。
――雨漏り? そんなんどうでもよかろ!
学校が入寮許可を出してんのに、入る学生寮がない、これは変な夢でも見てんのか?
「訳が分からん!」
と釈然としないまま、看板に見つけた問い合わせ先に僕は電話をかけたんだ。
「トゥルルルルル……カシャ、おはようございます。鎌倉学院でございます」
「おはようございます。あの、四月から入寮を予定している早乙女春風なんですが」
「はい、どうかされましたか?」
「ええ、学生寮について何ですが、入学案内により本日入寮開始日となっていまして、現地まで来ているんですが、建替えのため来春まで入寮できない旨の表示がされているんですよ。入寮許可はもらっているんですが、本当に入寮できるのでしょうか? まさかとは思いますが、心配になりまして……」
「そ、そうですか。ではしばらくお待ちいただけますか? ――お待たせしました、ええっとですね、早乙女さんはと……あっ、ありました。入寮許可は確かに出しておりますから、ご安心ください」
――職員室の電話のディスプレイに表示された電話番号を確認したその教師は、学生カードの保護者欄に書かれた緊急連絡先の電話番号と同じであることを確認した。そしてその電話の相手が、入寮予定者の保護者であると、大きな勘違いをしてしまったのだ――
「今、担当職員の市川をそちらに向かわせますので、少しお待ちいただいてもよろしいですか?」
「来ていただけるのですね。わかりました。今いるところは、えっと、建替予定の男子寮前ですが……」
「そうですか、では入っていただく寮に向かって頂いてもよろしいでしょうか? 近いですから。その位置から道沿いでおよそ100メートルほど南に進んでいただきました先の、四階建の建物になります。建物前には、大きなイチョウの木が二本聳え立っておりますから、きっと目印になります。では、そちらでお待ち下さい」
「はあ、二本のイチョウの木、ですね。分かりました」
僕は、指示された通りその学生寮に向かうことにした。森林公園さながらの学園敷地内は緑に溢れ、さっきまでの不安をかき消すかのように、ゆったりとした気分にさせてくれた。
そして自転車を引きながら指示されたイチョウの木まで歩いてきたが、そこでまた衝撃に見舞われた。
「ええっ、ここは……女子寮じゃないか? 看板立ってるし」
ちょうどそこに担当市川も現れた。
「ああ、お待たせしました。学生寮担当の市川です……あれ? 随分お若くありませんか? お兄様ですか? ――まさか……あなたが早乙女春風さん……なんて……ことなんですか?」
「はい。僕が春風ですが……あの、ここって女子寮ですよね? 僕、男なんですけれど」
「そ、そうだよね……。わ、わかりますよ、男、ですよね」
担当市川は明らかに狼狽し、その先は苦笑いをした挙句、口切って出てきたセリフは、
「君は性別を間違えられたんだな。きっと。苗字の中に乙女とか、下の名の響きがはるかだけに、女子と勘違いされたに違いない」
「えっ、僕はどうなるんですか?」
「いやぁ」
「今からでも学校推奨の学生専用住宅の入居申し込みは、可能なんですよね?」
明らかに険しい顔つきで担当市川は、僕を上目遣いで見ながらこない言うた。
「その住宅の担当も私がやってましてですね。既にどこも満室で、とうに受付終了してまして。しかも、学校付近のアパートで高校生の受け入れ可能な物件は、すべて我が校が押さえて推奨物件にしているため、今から探そうなんて極めて難しいと……」
「じゃあ、今からでは学校から離れた所じゃなきゃ、アパートは見つからないと言われるんですね?」
どないしよう? こんな話、両親にできへんし、いきなりホームレス? いやや、ありえへんし。
この人になんとか縋るしかないんか?
「市川先生、そもそも性別が女性と誤って僕が身元調査書に書くはずはないし、この入寮許可自体が学校側の手違いじゃないんですか? 何とかなりませんか? うちの父の耳に入ったら、大変な騒ぎになってしまいますよ」
市川は、受け止めたくない事実を突き付けられ、急に汗が頬をつたい落ち、落ち着きがなくなった。
これは他の教師が性別を誤った訳でなく、自分自身が勘違いし許可を出してしまったことは明白であり、校内では責任逃れができない状況にあったが故のことであった。
と、そこに天啓とも呼べる妙案が、市川に降臨したのであった。
春風 市川先生に天啓が舞い降りた?
市川 任せなさい!
春風 任せちゃっていんですか?
市川 そう言われると、どうなんでしょう?
春風 次回「寮長はいかが?」
市川 お見逃しなく!