第16話 全日本ランカー?
――サーフライド開催――
サーフライドが開催される鎌高前海岸の波の状態は、時折、オフショア(岸から海に向かう風)が吹き込み、ライディングに適した磯波が発生していた。そんなこの絶好のコンディションは、サーファーたちの気持ちを熱く高揚させた。
そして砂浜では既に、大会に参戦するサーファーたちによる波乗りポイントの探り合いが始まっていた。
元々この鎌高前海岸は、湘南サーフエリア全体の中でも、ボードコントロールの技術が問われるリーフブレイクポイント(海底が珊瑚や岩場)の一つであるが故に、このサーフライド大会は腕自慢が集まる競技会に位置付けられている。
海岸線を走る国道134号線の鎌高前交差点を渡り、波打ち際へと続く階段を降りて行くと、サーフライドの特設観覧エリアが設けられていた。
その突貫工事で造られた観覧席である階段型ベンチシートは、目測で三百席はあるのか? ヒート(試合)開始までまだ一時間近くもあるが、ほぼ満席といっていいだろう。
「ちょっと、これは凄くない?」
サーフィンについては何も知らない僕だけど、特設された大掛かりな観覧席があり、そこに集う者たちの賑やかしい雰囲気や、ヒートを控えた選手たちの顔付きから見て取れる気合いの入り様から、このサーフライドが、単なるイベント的大会ではないことが理解できた。
「春風!」
その声に振り向くと、翔子さんが大きく手を振っていた。
僕はちょっと恥ずかしかったが、まっすぐ左手を上げてから、駆け寄っていった。
「姉さん、これ……」
右手に持っていた手提げカバンを差し出した。
「ありがとう、店長だね?」
「そう。大きな握り飯が二つとおかずの入ったパックに箸、それにお茶だよ」
「感謝だね」
「そうだね。ところで姉さんはいつ頃でるの?」
「この後、直ぐだよ、やっぱ緊張するね」
と言ったところに一人の女性がやって来た。
「そろそろ準備に入ってね」
「はい」
「こちらは?」
「あっ、弟の春風です」
「あら、こんにちは」
「こんにちは」
「お姉さんのコーチしている岩下聡子よ。よろしくね」
「早乙女春風と言います。四月から鎌倉学院高等部の一年生になります」
「あら、そうなのね……そうだ、私と一緒に関係者席にいらっしゃい、お姉さんのライディングを解説してあげるわ」
「はい、よろしくお願いします」
「先生、春風をよろしくお願いします。じゃあね、春風!」
翔子は二人に手を振りながら、選手たちが集まるエリアに去って行った。
「じゃあ早乙女くん、あちらに行きましょう」
「はい」
そう言って岩下コーチはテント下の関係者席に春風を案内した。
「ところで、まぁ、こんなこと聞くのもなんだけど、早乙女くんと翔子は苗字が違うようだけど、何か事情があったんだよね?」
「あはは……すみません。実は本当の姉弟ではないんです」
「あら、そうだったのね? 何の疑いもなかったわ。どことなく似てたから、あなたたち」
翔子から聞いてた、離れ離れになった弟がいるって話だけど、この子のことじゃなかったのかしら?」
「翔子さんと僕が、似てますか?」
似てるって? そう見える?
「ゴメンね、似てるって言ったけど、そっくりって言うんじゃなくって、感じが似てるなってこと」
実の弟の代わりに可愛がってる子、と言うことなのね。了解。
でも、なんか似てるわね?
「キーン、ゴトゴト」
「えぇ、只今より開会式を始めます。それでは開催に先立ちまして、大会委員長であります川崎様よりご挨拶いただきます。よろしくお願いします」
川崎? あのおじさん?
「えー、大会委員長の川崎です」
「やっぱり、あの川崎さんだ」
「早乙女くん、知ってるの? 川崎さんのこと」
「ええ、まあ、また後で話します」
「ええ、本日はこの湘南サーフライドが開催できましたこと、誠に嬉しく思っております。これも関係者の皆様に……」
春風は岩下コーチに、川崎さんとの関係について話しだした。
「早乙女くんは、関西出身なのかしら?」
「はい」
翔子も生まれは大阪って言ってなかったっけ? まぁいっか。
「ではここからは皆さんお馴染みのマイクパフォーマー光源氏が進行させてもらうよ。シクヨロ!」
「待ってました!」
「頼むぜ! ゲンジン!」
「ゲンジン? ゲンジだよ! まぁっ、何だかサッパリ? ヒア〜ウィ〜ゴーー!」
「ウォー!」
「……はい、それでは競技に移る前に、現在、全日本サーフィン女子ランキング第三位の風間鈴香さんと、昨年の湘南サーフライド覇者であり、女子ランキング四位の葉山翔子さんがお見えだよ〜。さぁ、拍手!」
会場に大きな拍手が起こった。
え、翔子さんが……?
春風 昭和の人?
ゲンジ 平成の人よ!
春風 嘘でしょ?
ゲンジ 正真正銘、平成元年5月生まれじゃ!
次回「翔子はアイドル?」
春風 いやいや、昭和64年5月じゃなくて?
ゲンジ フフッ、それは神のみぞ知るのじゃ。