第15話 髪の香り
――翌朝の顛末――
窓から光が差し込み、
柔らかな感触が背中に?
髪のいい香りがしている?
後ろからハグされているよ。
これは、夢の中なのか?
これは現実なのかな?
後にいる人は、誰?
翔子さん、なの?
そうなのかな?
寝息がかかる。
添い寝されてる。
この絶対的安心感。
これっていったい何?
あなたのその母性に、
メルトダウンかも。
何でもいいから、
お願いだから、
この瞬間よ、
止まれよ!
「ねえ……春風? 起きてる?」
「……起きてます」
「ちょっと話していいかな?」
「……うん」
「この先、春風と時々会って、ご飯食べたり、お話ししたり、そんな関係になりたいな」
「えっ?」
「ダメ、かな?」
「彼氏がいるんですよね? それでも大丈夫なんですか?」
「ひょっとして昼間の彼? あの人はお店の常連さんよ。付き合ってなんかいないわ」
彼氏、じゃないんだ……。
「じゃあ、彼氏でもない僕と会いたいんですか?」
「それは……秘密だよ。傍にいたいなぁって思うからだよ。いけなくて?」
秘密? どんな秘密なのさ?
「なぜ、僕なの?」
「それはね……そう、あなただからよ」
それ、まったく答えになってない。
「ダメなら……諦めるよ」
「……いえ、ダメじゃないですけど……」
「ほんと?」
「一つお願いを聞いてもらえるなら……」
「私にできることかしら?」
「……僕の姉になってもらえませんか?」
やっぱこんなこと言うの変だよね?
「えっ? それって姉弟ごっこ?」
「ダメですか?」
「いや……それが自然かもね」
「決まりです」
「じゃあ『翔子さん』はなしよ。『姉さん』とか『翔子姉さん』、『姉貴』なんて響きもいいわね」
「翔子さんは、一人っ子なんですか?」
「……そうね、一人っ子みたいに育ったかな」
「かなって?」
「気にしないの。春風」
翔子さん、そんなに弟が欲しかったのかな?
姉になってくれって言ってる僕も、ちょっと何言ってるんだろうと思っちゃうけど、弟ができてはしゃぐなんて、翔子さんこそ変わっているかも知れないね。
あれ、なんか鼻声?
「ゴメンね、私、なに泣いてんだろうね」
女の子って、彼氏ができるより弟ができる方が嬉しいもの?
……えっ、まさか、生き別れた姉さんなの?
いやいや、そんなのありえる訳ない。
かつて父から、母と姉は交通事故で死んでしまったと聞かされているし、仮に生きていたって、僕らの出会いは、易々と出会える確率なんかではない。
でも……姉さんと似ているところもある。
しかし、翔子さんにそんな素振りはない。
だけど一度だけ確かめてみてもいいかな?
「翔子さん。本当のこと言うね」
「本当の……こと?」
「うん。本当のことさ」
「聞くよ。ちゃんと聞く」
「翔子さんとあってまだ二日しか経ってないんだけれど、前から知っていたような気がしてならないんだ」
「……そう、なんだ」
「勝手な妄想かも知れないけど、一度だけ聞かせて。翔子さんは、僕の本当の姉さんじゃないの?」
「……そうね。あなたの姉よ」
「えっ、やっぱり、そう……」
「残念だけど、私は今漸くあなたの姉さんになれた葉山翔子よ」
「そう、だよね。ゴメン」
「お姉さんのこと……覚えているの?」
「覚えてるのは、いつも僕の右手を握ってくれていたこと。そしてお別れの日、後ろから被さるようにハグされた時の髪の甘い香りと、温もりが微かに残っているだけ」
「私とそのお姉さんの香りが似ていたのかしら?」
「そうだったのかも、知れませんね」
「そうだ、家族になったんだから、私の家で一緒に生活しない? 私の母を紹介するわ」
「ぜひ、と言いたいところですが、父母に心配かけることになりますし、今は寮長になる契約交わしているので。翔子さんの本当の家族さんに、迷惑になる行為をしたくはないです」
「そうね、じゃあ私たちがいつでもくつろげる家を探しましょうか」
「えっ? まずお金はどうするんですか?」
「私が何とかするわ」
本当の家族になるつもりで、翔子は息巻いた。
春風 兄弟になるのは変かなあ?
翔子 恋人なら、あるけどね。
春風 恋人と姉はどっちが魅力的か?
翔子 やっぱり、恋人じゃないかな?
春風 次回「全日本ランカー?」
翔子 私はやけ酒、ドランカー。