第13話 二人きりの夜
「早乙女くん、夕飯食べてないんだって?」
「あっ、はい。そうでした。よくご存知で」
「なんか分かっちゃうんだよね。若いんだから、ちゃんと食べとかないと」
「ご心配かけます」
「それで良し。さぁ、食事用意しておいたから、休憩室で食べてから、部屋へ上がんなさい」
「ありがとう、ございます。ではいただきます」
「そうそう、今日は団体のお泊まりさんたちがいるから、右側の内扉の部屋は入っちゃダメよ。春風くんたちは左側の内扉から入る部屋を使ってね」
たち? ですか。
「分かりました」
そうか、宿泊するのは明日のサーフライドに出場する選手たちかな?
食事を終え、螺旋階段から部屋の入口まで来ると、壁に貼られた案内に目がとまった。
『九十九里浜高等学校男子サーフィン競技部様』か。
そう言えば、なんかやけに騒々しいな。それに男性独特の匂いが通路までしているし。
この環境で一晩同じ部屋はきついな。
その点こちらの左側の部屋は……
ドアを開けると、
かすかに甘い香り?
でも誰もいないけど、……気のせいか。
少し明るいかな、スイッチは? 照度調整付きか、まるで自分の部屋みたいだ。
そう言えば、シャワールームがあったはずだけどっと。
この扉かな?
「カシャ」
あれ、女の人?
「……キャー!」
「ええっ!」
「バタン!」
扉を背にしながら僕はいい訳を始めた。
「す、すみません。覗くつもりじゃなかったんです!」
どうして翔子さんが……いるの?
たちって翔子さんのことか。
まずいなぁ。
まずい。
まず過ぎる。
でも、
母さん以外の女性の裸、
初めて、見た。
一瞬、見惚れた。
いやいや、
それじゃ不埒な男じゃないか。
どうしたものか。
「カシャ、スー」
「春風、見ちゃったわね? うら若き乙女のはだか」
「はい、あっ、いいえ」
翔子さんが顔を扉から覗かせたが、顔を直視できないや!
「もう、ノックぐらいしてよね!」
「すみませんでした」
「そうね。反省しているのなら許してあげてもいいわ」
「本当に反省しています」
「よろしい、許しましょう」
それよりも、うら若き乙女が、何でバスタオル一枚で出てくんだよ!
ちょっとまずいんですけど!
「翔子さん、早く着替えて下さい!」
「えっ、あっ、ゴメンゴメン」
翔子はそう言いつつ、
「春風もシャワー浴びてね」
と気を遣った。
「あっ、はい、では入ります」
「カシャ」
「ふーっ……」
春風は脱衣所の鏡にもたれ掛かかる。
あー、心臓が止まるかと思った。
この鏡のせいで、翔子さんの身体、丸見えだったじゃないか。
でもなんか、悪い気もしたけど、気持ちが昂ったのも正直なところか。
翔子さんのお尻や胸がフラッシュバックする。やばし。
なあ、春風、翔子さんをどう思ってるんだ……
好きな人だけど、恋してるようなトキメキとは違う何かを、そう、甘えられる人、一体これはどういう感情なんなんだろう?
春風は、そんなことを考えながら脱衣した。
「カシャ」
「うわっ!」
「わっ!」
翔子のイタズラに、無防備だった春風も全裸を曝け出す惨事に見舞われた。
「ちょっと、ジロジロ見ないで下さい!」
「元気だね! これでおあいこだね!」
「翔子さん! いい加減着替えて下さい、目のやり場に困りますから!」
「あら、失礼!」
「バタン」
ふー、あんなキャラだったっけ?
もう、とにかくシャワー浴びよ。
春風はシャワーを浴び終えた。
「あっ、さっきはゴメンね」
「いえ、こちらこそ……」
「そんな膨れないの!」
「膨れてませんけど!」
「そうだ、これで私たち裸の付き合いになるね」
「……まあ、そうですね」
「春風、女の子とエッチしたことないでしょ?」
いきなり何を!
「そ、それは機密事項ですから」
「あのね? 春風は好きな人いるの? いないの?」
「えっ、いない訳ではないです」
「そうなんだ」
「エッチしたことは、ないの?」
やけに絡むな!
と視線を外した先に、
あっ、あれ、お酒じゃん!
さては飲んだな!
「うわぁ」
「ねえ、春風は、私のこと、嫌いなの?」
翔子さん、顔近すぎ!
「ねぇえ、春風……」
んん? あれ? 酒臭くない。
「あっ」
と再度見直すと、ジュースじゃないか?
「ちょっと、酔ったフリして迫るの、やめて下さい! あー、騙された!」
「えへっ、バレちゃったか。ふぅー。さっき裸見られたからさ。恥ずかしついでに、酔ったふりして迫ってみた訳よ。ごめんね」
「あっ、いえ……僕は何も弁解できませんから」
「ねえ、私たちお互いに身体見せ合っても、何も起こさないんだから、やっぱり不思議ね。凄い繋がり感じない? そうだ、これって姉弟みたいな」
それ、どう言う意味にとったらいいのやら。
見惚れたのは確かだけど、男として見てもらえなかった、と言う訳なのか? それとも、敢えてその関係を望んでいたのか?
分からん。
僕だって翔子さんに肌が触れたらどうなっていたか分からないよ。お酒飲んでないなんて気づかぬ振りだってしたかも知れないし。でも、あの瞬間、そう言う関係でない、違う何かを潜在的に求めたのかも?
でも、翔子さんも僕と同じ関係を望んでいたのか?
それとも……
春風は気持ちを巻き戻した。
「あの、明日のサーフライド、楽しみですね」
翔子は鏡の前で髪にドライヤーをあてていて、聞こえていないようだ。
「ん? 何か話してくれた? 話しかけたように見えたから」
と乾きかけの髪をかき上げながら、振り向いた仕草が妙に色っぽくて、温かくて、言葉を失うよ。
「あっいや、何でもないです」
こんなに幸せを感じたこと、今までになかった。
翔子 私のこと好き?
春風 どう言ったら、いいんでしょうか?
翔子 素直な気持ちになりなさい!
春風 好きなのかも?
春風 次回「幼い頃の記憶」
翔子 私は大好きよ!