第112話 旅行券だよ!全員集合
食堂に集まった高等部の寮生たちは、いつになくわちゃわちゃと会話をしながら、朝食を食べていた。
「優勝したらな、三〇万円分の旅行券なんだってさ。僕、萌えちゃうね!」
「エリ先輩、優勝ってね、高等部の頂点ってこと何でしょ? マリには夢物語くらいにしか思えないんですけれど」
「何々、マリちゃん。若者よ、大金を抱けって誰かが言ってたでしょ?」
「ふふふっ、エリ先輩、大金じゃなくて大志ですよ。ビーアンビシャスですから。あと若者でなく少年ですから。ついでに私たちは少女ですから。夢は大金を積んでも買えませんよ、先輩」
「マリちゃんもおかしなこと言うのね。この場合、大金あれば旅行券は買えるから、旅行券をゲットすることは、夢の話にはならないんじゃないの?」
「あゝ先輩、また言葉遊びしてませんか?」
「バレたか、ごめん、いつもの癖でついね」
「グルメなエリーは、おしゃべりエリーですね」
「そのツッコミ参りました。あははは……」
その時、総長の麗香が声を張り上げた。
「はーい、みんな注目!」
総長の一言に、わちゃわちゃしていた寮生たちは波を打ったように静かになり、麗香に聞き耳をたてた。
「ええ、高等部選手権が今日から三日間で行われますが、くれぐれも怪我などないよう乗り切っていきましょう!」
「あと、五十嵐天音大会委員長からも、お話があるようです」
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます」
「大会中はみなさんのお力を借りして、大会を運営することになりますのでよろしくお願いします。主に大会中は実行委員の補助として、競技のスコアラーや保健室での協力員を随時お願いすることになります」
その時、奥の方から声が上がった。
「委員長! この選手権を欠席、不参加とすることは可能でしょうか?」
とこの選手権に乗り気でなかった春風が、天音に質問を投げかけた。
まっ、春風くんたら、嫌だわ。
私が競技に参加しないから「僕は君が出ない選手権なんて、参加する気持ちになれないよ!」なーんて悩んじゃってたのね。
うぶなんだから。
「ちょっと天音! 顔がニヤけてるわよ」
と麗香が耳打ちした。
「あわわわ、あたしとんだ失礼を! ええっと、残念なことに、病気じゃなければ原則参加が校則で決められてるのよ」
そんな天音からの回答に、少し不満げな気持ちを押し込めて「わかりました」と力なさげに返事をした。
そんな春風を見てしまったからには、天音は妄想が止まらない。
そんなに残念がらないで!
本当にかわいいんだから。
もう、キュンキュンしちゃうよ!
「ねえ、もう天音ったら、ほんと顔が緩みっぱなしなんだから。ダメじゃない!」
と麗香はまたもやダメだしを天音にくらわした。
「麗香も恋するとね、わかるから……」
「って余計なお世話よ!」
おいコラ、私のことは放っておけよ!
私だって、あんたみたいバカ乙女になれたら、どんなにか楽なのにって……。
「私だって男の子にキュンキュンしたいわよ!」
と麗香は心の中で呟いた。
ところで春風がなぜ、選手権に乗り気でないのか。
それは、割と単純な理由によるもので、神楽紗矢香が事情により不参加と聞かされているからであった。
湘南ライド入賞祝いをふたりっきりでしようと、紗矢香と春風は鵠沼近くにあるメルキャンティで料理を囲んでいた。
「春風くん、湘南ライド、よく頑張ったね」
「ありがとう」
「次は、五月中旬にある高等部選手権だね、頑張って!」
「うん。って紗矢香さんは人ごとみたいに言うんだね?」
「実は私ね、父の仕事都合で、参加できないんだ」「そう……なんだね」
「私がいないと、とっても淋しいなって顔してるよ」
「ええ? わかるの?」
「そりゃねぇ、春風くんのこと少しだけわかってきたかもね?」
紗矢香はその日、ライメイ650のテストドライバーとして模擬走行を鈴鹿で行うため不参加になると告げたのだった。
「やっぱ気乗りしないな」