第111話 翔子の憂い
「春風、天音さんとの横須賀デートはどうだったの?」
と翔子は春風を庇うどころか、実態をオープンにしてしまった。
えっ、なんでそうなるのさ? 翔子さん。
何考えてるのさ!
「どうって……」
「あなた、天音さんに対して疾しいことしてたの? もしそうなら私、姉として、女として許さないから!」
な、なんて勇敢なの翔子さん。
あたし、あなたを尊敬しちゃうわ!
「翔子さん、ありがとう」
そう天音が救われたように答えるや否や、
「ピュアじゃないってことなら、天音さんをこれ以上傷つけることを私は許さない! 別れなさい!」
とまさかの櫓囲いで守りをして見せた。
周りに更なる衝撃波が襲いかかり、新一郎も寛もソルジャーも、神経回路が故障したかのように固まった。
えええ、翔子、何言ってるの?
あたしは春風と一緒の人生を歩みたいのに、とんでもないことをなぜ言うの?
しばらくの沈黙から口火を切ったのは、春風であった。
「……僕は、疾しいことなんて何もしていないし、天音さんを傷つけてるつもりもないんだ!」
この春風の言葉は、一見、天音との関係を肯定した優しい抗弁に聞こえる。
その場にいたものの大多数は、春風は天音のことを大切にしながら交際しているかのように思えてしまう。
案の定、男連中は落胆し、女連中はその愛の深さに魅了された。
天音も例に漏れず、顔が乙女に変わり、愛に満たされた笑みを浮かべた。
がしかし、ただ一人だけ大きなストレス抱えたのは、翔子であった。
春風の発した言葉には、自分よがりな言い訳しか表現されておらず、ただただ彼自身の無責任さを露呈したに過ぎなかった。
こんな詭弁をさらりと使いまわした春風に対し、翔子は姉として歯痒い思いと落胆に襲われ、全身の力が抜けてしまった。
「春風くん、天音さんが好きだったんだね?」
と美涼店長は、以前、春風と天音が仲良くパーラーにやってきたことを思い出し、
「なるほどね。ふたりがここへ来た時も、そう言うことだったのね」
と妙に納得していた。
この時、春風の左手にはブレスレットが嵌っていたことを、天音は知っていた。
当然、ブレスレットの力を信じた天音ではあったが、それは本当のところは、誰も知る由はない。
次の日の朝
暦上、GWと呼ばる祝日は今日が最終日であり、春風にとっても紗矢香との大切な約束を果たせる爽やかな朝を迎えていた。
昨日の天音との一件では、祝勝会に参加した面々には、春風が天音との交際を肯定したように映っていたであろう。
これは事実に齟齬があったとしても、受け手の認識による誤解と言う域を逸脱していないだろう。
逆にあの状況下で、天音との関係を否定、或いは有耶無耶にしようものなら、春風は非難に見舞われ、このような爽やかな朝を迎えることはできなかったであろう。
恋愛関係と交友関係のボーダーラインは、人それぞれ違うもの。
恋愛関係にあるからこそ成り立つ行為が、交友関係において成立する行為と認識されている春風の線引きの甘さもまた「人それぞれ」を逸脱していないと言える認識なのであろうか?
とにかく一貫して見て取れるのは、春風の行為すべてに自己矛盾が起こってはいない、悪気のない行為であると言うことなのだ。
「うーっ、なんて清々しいんだ!」
と大きく背伸びをした後、朝のサイクリングに出るため身支度を終えて、女子寮を飛び出した。
「さあ、出発だ!」