第110話 王手!春風取り
ケータリングでの食事は、板長の谷山蔵之助が一手に引き受けた抜群の料理が並んでいた。
「この細工料理は何なの? 初めて見た」
と最上は驚きながら、無作法にも皿にのせた料理を立ちながら食べ始めた。
「うんめぇー!」
桜山新一郎も調子に乗って、まさに立食パーティーさながら、想定外の旨さに舌鼓、蔵之助の料理と聞いて更に感激が増していた。
天音が座る四人掛けテーブルには、香山先生、美涼店長と桜山カオリが陣取り、隣のテーブルには、翔子、北山萌、天野雫と早乙女詩織が座っていた。
「翔子ちゃん、ここまで来れば、あとは最後の締めだけね」
「はい、あとは流れに任せます」
と背中合わせに美涼と翔子は言葉を交わした。
「天音さん」
「ん? どうしたの? カオリちゃん」
「あっち見てもらってもいいですか?」
「あっちって……あっ」
天音の視線の先には、桜山新一郎、天野寛と最上阿良隆が手を振る姿が見られた。更に殿方四人が天音をデレっとして見ていた。
「うわ!」
とこっちを向き直して、
「カオリちゃん、どうなるの? あたし」
天音は固まった。
「兄たちは、モデルのAMANEさんと写真が撮りたいんですって! お願いできませんか?」
写真か?
ここでも仕事の顔しなければならないのね。
腹くくりますか。
「いいわ、行ってくる」
天音は急に顔つきが、クールな仕事モードに切り替わり、凛とした表情、結んだ髪を解きながら、モンローウォークで男たちの群れに向かう姿は、プロモデルのなせる技だと、彼女のテーブル周りにいた誰もがそう思ったことであろう。
春風はその間、彼女たちのテーブルあたりまで来て、テーブルの面々と話をしていた。
祝勝会も終盤に入り、天音のテーブルには椅子を持って来て座る人に囲まれていた。
その中には、最上と春風も混じっており、最上からいきなり昼間のメッセージの真相についての追求が始まった。
「今日、デートだったよな?」
きた! 阿良隆さんのジャブ攻撃!
「あゝ、そうでしたかね?」
「おいおい、昼間とは違って、スウェーで逃げるね」
「逃げてません」
「いや逃げてるね」
「逃げてません」
「いや、逃げてるね」
「……分かりました。逃げました」
そのやり取りに、周りが注目し出した。
「何の話?」
「昼間のデートの相手の話しや」
更に、周りも聞き耳を立てた。
「さあ、春風くん、もう逃げられへんよ」
阿良隆さん、マジくだ巻きすぎだ!
この時、真実を知っていたのは、春風を除いてこの場にふたりいた。
その時のそれぞれの心理はちがっいて、解説すればこうなる。
この最上って人うざいわ。
弟が嫌がってるじゃない。
好きとか嫌いとかでデートしてた訳でもなさそうだから、話したっていいはずだけど、何か心境の変化があったのかしら?
デートの意味も知らずにしてるんだから、今になって誤解が生じちゃうのも仕方ないけどね。
でもさ、春風は言いたくないんだから、もう辞めにしないと、阿良隆、ボコすわよ。
これが葉山翔子の心理である。
そしてもう一つの心理がある。
あなたは私の期待を背負って戦うソルジャー阿良隆よ。
あたしは横須賀の、いや湘南の女帝アマネゾネスよ。
欲しいものはすべて征服よ、征服!
言わせたい、公認を受けたい、そして手に入れたい、早乙女春風を!
阿良隆、怯むでない!
この面前で、あたしがそのデートの相手と言わせてみなさい!
すべての江ノ電ファンが、あなたの味方なんだから!
行け!
行け!
行くのだ!
どうした?
行かないのか?
仕方ない、あたしの出番なのか?
これが、高揚し勢いを増した五十嵐天音の心理を超えた真理なのであった。
「春風くん? 横須賀デートのこと最上さんに話したの?」
と天音、王手とも言える渾身の一撃に打って出た。
周りはどよめき、春風は肉食獣に怯える目をしながら、天音をただ見つめていた。
春風だけではなかった。
新一郎も寛もソルジャーも、衝撃波を喰らい、一瞬、思考停止となった。
「お兄ちゃんと天音さんがデートしてたの?」
と詩織が抽象的であった現実を、よりリアルにするダメ押しダメージを周りに、いや、特定の男性に与えたのだ。
HPが衝撃的無くなりかけたソルジャー阿良隆は、断末魔のように叫んだ。
「マジか!」
女帝アマネゾネスは、こう答えた。
ふたりの仲は、皆さんのご想像にお任せしますわと言いたげに、
「あたしたち、知られてはいけないような疾しい関係なの?」
と周りを制圧してしまった。
これに憤りを感じたのは、春風ではなく、翔子の方であった。