第108話 仲直り
六時二十分前 鎌高前海岸
受信した春風からのメッセージを頼りに、翔子は彼が待つ鎌高前海岸へと一人向かった。
「春風なの?」
とゆっくりと砂浜を歩み、視線の先に映った男の子に近づいた。
そして砂浜に腰を下ろしていた彼の隣に、視線を合わすことなく翔子は腰を下ろした。
寄せて返す波の音を聴きながら、ふたりはしばらく言葉を交わすこともなく、遠く沖を走るタンカーを眺めていた。
「あのさ、さっきさは……ごめん」
と春風が先に切り出した。
それを聴いて翔子は「バカね」と笑って、春風の肩をギュッと抱き寄せた。
「春風……姉さんのありがたい忠告は、しっかりと聞くように!」
「そう……だね」
「パーラーにはあなたを祝うため、みんな時間作って集まってくれていること、忘れないように!」
「あいよ!」
「わかれば良しよ。けどね、一体、誰と約束をしてたの?」
「……その相手、言わなきゃダメなんかな?」
「まぁ言いたくないなら、いいよ……話さなくても。ただ……」
「ただ、何?」
「ただね、何のために祝勝会をわざわざ途中下車しようと企んだかくらいは、聞かせてくれても、いいんじゃないかって……」
春風はそう言われて、一つ話す気になった。
「実は、とある女の子も、姉さんと同じように僕を祝ってくれるってことになってさ」
「そう、だったのね。それで、彼女とはどうするつもり?」
「彼女と会うのを、遅い時間帯にするのもどうかと思い……少し前に連絡を入れたんだ」
「もしもし、紗矢香さん」
「春風くんか、どうかしたの?」
「急な話で申し訳ないけど、今日のふたりぼっちのお祝い会を、明日に変更できないかな?」
「どうしてなの?」
「どうしてかって? 姉に叱られたんだ。今日の祝勝会を中抜けするなんて言語道断! ってね」
まって、あなたシスコンなの?
「……そう、なんだね」
「ギリギリになってから、こんなことを言うなんて、呆れるよね?」
まあ、呆れない方がおかしいよ。
「呆れる。けどね、お姉さんの言ってることもよく分かるよ」
「え?」
「お姉さんは、春風くんのことをちゃんと思ってくれてるよね」
「そう……なのかな?」
「そうに決まってるわ。祝勝会はたくさんの人が集まって、春風くんたちERCを祝うんだから」
「なるほど」
「私がお姉さんなら、同じようにしたと思うよ」
「そう言うものなんだね?」
「そう言うものよ」
「じゃあ、姉さんに感謝だね」
「ふふふっ」
「何?」
「春風くんはシスコンなんだね?」
「シスコン?」
「そうよ、シスコン。妬けちゃうわ」
「からかわないでよ!」
「からかってなんかないわ。ただ……」
「ただ、なんですか?」
「お姉さんの存在が大きいんだなぁと思ったんだ。ただ、それだけよ」
なんか引っかかる物言いだな?
まあ、でもいいか。
分かってもらえたから。
「じゃあ、明日に変更してもいいですか?」
「仕方ないね」
「ありがとう」
「じゃあ明日、メルキァンティーの午前十一時の開店にあわせてランチしましょう。祝勝会の埋め合わせ会ということでね」
「今度は僕が主催者側になるんだね」
「お見込みのとおりよ、ハハハ」
と笑ってくれた紗矢香さんに、ほんと救われたよ。
「付き合ってるの?」
「……そう言えたらいいんだけど、ちょっと仲の良いガールフレンドかな? 今のところ」
「五十嵐天音さんのことはどうなってるの?」
「天音さんから、告られたんだ」
「えっ? いつ?」
「今日、横須賀で」
「で、どうなったの?」
「天音さんのお母さんとも会って、天音をよろしくって言われたよ」
天音さん、随分と力入れて来てるのね。
でも、春風は告白されてどう思ってるのかしら?
「それで?」
「どうしたものかと……」
「あっ、時間過ぎてしまってるわ、祝勝会に行かなきゃ」
「そ、そうですね」
ふたりは以前の関係を取り戻したかのように、「競争よ」と笑いながら、パーラーまで駆けていった。