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男も女も湘南ライドで恋を語る勿れ!  作者: 三ツ沢中町
第四章 交錯する恋の行方
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第106話 抗えないトラウマ

祝勝会開始一時間前の憂鬱


「ヴーヴー、ヴーヴー……」


「入るよ、兄さん」

 ガシャガシャ、あれ?

「ねーえ、開けてよ、ねえ、お兄ちゃんってば!」

「どうしたの? 詩織ちゃん?」

「天音さん、兄が翔子さんと喧嘩したみたいで……」 

 天音は詩織の唇の前に人差し指をかざし「シー」と声をかけたあと、こんなことを話した。

「喧嘩はね、犬も食わないと言ってね、放っておくのが一番なのよ」

 天音さん、それは夫婦喧嘩の話では? 

「時間が解決してくれる、と言うことですね」

「そうよ、時間が経って、いろいろ振り返ってるうちに、自分のいけなかったところを、案外見つけたりするものよ。そうなりさえすれば、お互いに歩み寄れる何かを見つけられるはずよ」

 天音さん、すごーい、大人的思考ね。

 私は、まだまだお子さまかしら?

 その時であった。

「カチャ」 

 と扉のロックが解除して、

「あれ、詩織に天音さんまで、どうかしたの?」

 と不思議そうな顔して、春風はふたりに問いかけた。

「翔子さんと喧嘩したって……」

「喧嘩? 僕が翔子さんと?」

「兄さん、何を言って」

 と詩織が問いかけたその瞬間、天音は、春風があくびを仕掛けた左手に、天然石のブレスレットを嵌めていないことに気づいた。

 そして直様、その訳を聞こうとしたのだ。

「春風、ブレスレットはどうしたの?」

 と聞かれ、あくびをした口を押さえていた左手を見ながら春風は、

「あれ、どうしたんだっけ?」

 と拍子抜けの返事をして見せた。

「ブレスレットって?」

 と詩織が問いかけたところに、天音は少しハニカミながら呟いた。

「春風とあたしが横須賀で、互いに交換しあったふたりの絆ブレスレットのことよ」

 天音は、自分の左手首に嵌めたものを詩織に見せた。

「お兄ちゃんは、天音さんの彼女になれたのね?」

 キャッ、詩織ちゃんたら。

 そう、そうなの。

 あたしたち。

 結ばれる運命なんだよ。

 詩織ちゃんも、応援してね。

「彼女……?」

 ええっ、あっ、ペアブレスの仕業か?

 そうだ、ペアブレスを嵌めていたから、ああなってしまったのか?

 なんか分からんが、自分でも行き過ぎたと思えるほど、いつもの冷静さを欠いていたかも……。

 それに、天音さんには、このことは話せないや。

「お兄ちゃん、隅に置けないわ。やることやってるんだ、へー」

 それ、詩織、やーな誤解だ。

 それに天音さんが、妹の前で「絆ブレスレット」なんて言ってること自体、恋人公認を掲げていて、何だか僕の弁解する余地がなくなってるし。

「詩織ちゃん、そろそろ祝勝会の時間だから、あたし準備してくるねっ!」

「はい」

 と返事をして、天音が階段を上がって行ったのを見届けた詩織は、

「ねえ! ちょっと、どうなってるのよ!」

「どうなってるとは?」

「紗矢香さんのこと!」

「それを言われると胸が痛い」

「何呑気なこと言ってるの?」

「何って?」

「んっもう! 素人過ぎだよ。本当、言いたくなかったけど、紗矢香さんのことよ」

 春風は「バタン」と閉めた扉にもたれかかり、真っ直ぐな詩織の視線を外すかのように、何もない左手首を見ながら、

「……漸くだけどさ、自分の恋愛素人加減に気がついたんだ」

 と左手を力一杯握った。

「兄さん?」

「そのことが引きがねになって、翔子さんと言い合いになった」

 と言った時に見せた兄の力ない眼差しは、詩織の奥底にしまい込んだあの日の光景を甦らせた。

 


 それは、春風と詩織が初めて出会ったあの日のこと。

「春風、この人がお前のお母さんになってくれる梶浦苑子(かじうら そのこ)さんと、妹になる詩織ちゃんだ」

「可愛いわね、春風くん。私があなたのお母さんになってあげるから、さぁ、こっちにおいで!」

 母は父の足にしがみ付く兄さんを無理やり引き寄せて、ハグして見せたんだ。

 苦笑うしかなかった母にしてみれば、(なつ)こうとしない兄に対する仕打ちは、あの時、既に始まっていたのかも知れない。

 そして、兄さんが母にハグされていた時に見せた、兄さんのあの力ない眼差しを、私は悲しい気持ちで見ていたことを思い出した。

 

 

「そうだね、仕方なかったよね」

 抗えないトラウマに支配されているかのような兄のその素顔に、詩織は優しく振る舞った。

「……心配かけてごめんな」 

「兄さん……」

 

 暫く、ふたりはただ黙って、その場に立ち尽くしていた。

 

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