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男も女も湘南ライドで恋を語る勿れ!  作者: 三ツ沢中町
第四章 交錯する恋の行方
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第105話 約束

 春風はこれまで、男女と言う枠を意識することなく、意のまま自然に任せて人と接してきたのだが、ここに来て、漸くその自分の意識が、注意欠陥に満ちあふれた無知なるものであったことを悟るに至った。

 そして、天音は女性の本能的衝動に従い、春風を我がものとするためギュッと抱きしめ、春風の心と身体にマーキングを施したのだった。

 

 信号が赤から青に変わり、天音は弾むように春風の下を離れ、笑顔で大きく手を振りながら駆け出した。

 一人取り残されたかのように春風は、ただ立ち尽くした。

 天音の想いをストレートに聞かされた今、どうしようもない困惑の渦に身体の自由を奪われた春風は、手を振った先にある左手首のブレスレットをぼんやりと眺めていた。

「ペアブレス……」

 そう思った瞬間に、春風は自らが怪しいと思って止まぬはずの、あの老婆の元へ駆け出していた。

「石売りのばあさん!」

「お前さんかい、ふふふっ、思ったとおりじゃないか? 来ることは知っていたよ」

「え?」

「あんたはきっと、これが必要で戻って来たのじゃろうよ」

「……婆さん、よく分かってるじゃないか?」

「お前さんが持って行ったペアブレスの片割れが、えろう騒いでおっての」

 老婆は片割れのペアブレスを、そっと差し出した。

「売ってくれるのかい?」

「いや、お代はいらんさ。もってお行きなされ」

 春風は、そのペアブレスの片割れをハンカチに包み、そのままポッケにしまい込んだ。

「婆さん、ありがとう」

「その片割れはね……いや、いいんじゃ……」

 春風は、そう何かを伝えようとして辞めた老婆に後ろ髪を惹かれる、そんな気分なりながら背をむけ、ドブ板通りをあとにした。

 

 駅までの信号待ちの途中、春風はこのペアブレスの片割をポッケから徐ろに出しては、左手首に嵌めてみた。

 この現実の世界に、何か神秘めいた不思議な天然石、そして謎の老婆。

 これってローファンタジーの世界にいるような錯覚に陥ってしまうよ。

 そして、この左手首に嵌めたペアブレスだけど、お互い妙に共鳴し合っているように感じるのは、僕の気のせいなのか?

 

 春風は乗り込んだ電車の中で、そのブレスレットをぼんやり眺めていた。 

 

 午後四時半のパーラー

 

 春風は寮に戻る途中、パーラー七里ヶ浜へふらりと立ち寄った。

 店の玄関扉には「本日は十三時より貸切となります」と書かれた貼り紙がテープで留められていた。

「カランカラン」

「こんにちわ?」

 一階ホールを見渡すも、店の店員すらいない。

「二階かな?」

 春風が階段を上がりかけると、上から降りてきた翔子と出会した。

「あら、春風、随分と早くて?」

「いや、そうではなくて……そうだ姉さん、今日の祝勝会なんだけど……」

「何かあるの?」

「そう、六時半にはここを出なきゃならなくて……」

「……誰かと他で会う約束でも?」

「そうなんだ」

「あのね、春風、どうしてそんなタイトな予定を組んじゃうの?」

「ごめん、でも大切な約束をしたんだ……」

「それ、勝手すぎだよ! ねえ、春風? 周りのこと、自分の置かれた立場をよく考えてごらん! 途中抜けすることだって、ERCのメンバーは知ってるの?」

「……いや」

「だって中には、春風がいて初めて成立する関係だってあるんじゃないの?」

 なんか翔子さん、キツイな。やけにダメ出しされる。

 だって僕らの関係は実の姉弟じゃないんだから、そこまで言われてもいいものなの?

「もう、いいよ。話した僕がバカだったよ」

「パシッ」


 え? 痛い。

 翔子さん?

 なんで僕を叩くのさ?

「な、なんで……顔を叩くのさ?」

「……ごめん」 

「どうして、どうして()つのさ? もう少し僕の気持ち分かろうとしてくれてもいいんじゃないか?」

「……そうだね、ごめんね……春風」

 と少し涙声になりながらうつむき、翔子は階段を駆け降りて行った。

「なんでさ、なんでこうなるんだよ!」

 と春風は苛立ちをあらわにして、壁に額をぶつけた。

 

  

 春風はカーテンを閉め切り、明かりを消して薄暗くなった寮長室にひとり、ベッドに腰掛けて項垂うなだれる。

「なんで打つんだよ……」

「これって、そんなに悪いこと事なのかよ?」

「ヴーヴー、ヴーヴー……」

 かなり気持ちが下がっていたところに、市川先生からの電話が入った。

 いつまでも鳴り止まぬコールに、仕方なしに春風は電話を取った。

「はい」

「なぁ、どうした? さっき店ですれ違ったの覚えてるか?」

「……いいえ」

「なんか悲壮な顔してたぞ」

「そうですか……」

「おい、大丈夫か?」

「放っておいて下さい」

「翔子ちゃん、休憩室でメッチャ泣いてたぜ。何があったか知らないけどさ、お前たち姉弟なんだろ?」

「……」

「おい、春風くん、おい……」

「カチャ、ツーツーツー……」

 切りよった、あいつ。

 

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