第104話 恋せよ乙女!
ふたりが帰ろうとした時、老婆がブレスレットの効果的な嵌め方について語り出した。
「天然石の力を通して体内にエネルギーを蓄える時は左手首にブレスレットを嵌め、体内のエネルギーを天然石の力を通じて外へ放出する場合は、右手首に嵌めるがよい」
「それって本当の話なんですか?」
「わしはわざわざ嘘はいわんよ。それに……このブレスレットに使う天然石は、ほれ、このとおり、大きさや色こそ違えど、よく似た石の配分や並び順を揃えることでペアブレスっちゅうも存在にもなり、相互間で特殊な力が働くようになるのじゃ」
「……そんな風に言われたら、聞かずには帰れないわね」
と天音は春風と顔を合わせたあと、再び老婆の話に耳を傾けた。
「お前さんたちが選びなすったのは、ペアブレスと言う代物にはならんのじゃがな、特別な配列を加えておっての、そのブレスレットを送り合う、つまり交換し合うことでな、ブレスレットを身につけたもの同士間で特別な力が作用するんじゃ」
「その作用する力って?」
「平たく言えば、お互いのことを労り合う気持ちが強くなるのじゃ」
労り合う?
それって、素敵!
てことは、春風はあたしを大切に思ってくれるってことになるのね。
「ねえ、お婆さん。このブレスレットは、ただ送り合えばいいのかしら?」
老婆は含み笑うかのように、ふたりを見ながらこう付け加えた。
「ただ交換すれば、心が向き合うようになる訳ではないさ。そもそもが、お互いを思っていてこそ、その効果が増長するんじゃ。天然石の力とはそういうものなんじゃよ」
なんだ、交換したら春風があたしを好きになっちゃう訳ではないのね。
それは残念。
春風は沈黙の中から恐る恐る口火を切った。
「もし、お互いが憎み合うことになったら、どうなってしまうんですか?」
「春風? な、何を言ってるの? 縁起が悪いわ」
いや、違うわ。
リスクすら知らずして、安全に効果を得ようだなんて、どこの世界にそんなオートマチックで楽な方程式があるというの?
いや、ないわ、あたし見たことないし。
そうよ、春風を確実に手に入れるためには、リスク覚悟の真剣勝負を想定していかないとね。
春風、いい着眼だったわ。
「お前さん、いい質問だ……そう言う時はどちらの腕に嵌めるかが鍵になるんじゃ」
「と言うことは、左手首に嵌めれば、ヒーリング効果で穏やかなフラットな気持ちになっていくが、右手首に嵌めればその逆で、相手を傷つけてしまう感情が増幅されてしまうのですね」
「なんと、お前さん、飲み込みが早いのう。まったくその通りじゃ」
「天音さん、こんな感じみたいだから」
「えっ、ああ、大丈夫よ」
このブレスレットは、左手に嵌めていれば問題は起きない、と言うことね。
右手に嵌めれば、良し悪しがあると言うことね。
あたし、よーく分かりましたから。
「じゃあ、春風、帰りましょうか?」
「そうですね。帰りましょう」
ふたりはドブ板通りをあとにした。
天音の実家であるマリナブルーラウンジが見えるあたりまで歩いてきたふたりは、その手前交差点で信号待ちをしている。
「じゃあ、あたし、ちょっと実家に戻ってから帰るから、ここでお別れしましょう」
あれ?
ここで「さよなら」ですか?
「そうだ、春風、交換しましょう、ブレスレット」
「そ、そうだね」
ふたりはそれぞれが布に覆われた天然石のブレスレットを取り出した。
「自転車の大会の三位入賞、おめでとう」
と天音は春風の左手首にブレスレットを通した。
「ありがとう、じゃあこちらのも」
と言い、春風も天音の左手首にブレスレットを嵌めようと彼女の手に触れた。
ドクンドクン。
キャア、鼓動が激しくなっちゃう!
あゝ……幸せ、とろけそう……。
まるで、結婚式の指輪交換みたい。
あたし、本気で恋する乙女になってる。
あたしと春風の未来を叶えたまえ!
なんで……何故か分からないけど、涙が頬を伝い落ちるの。
「天音さん、どうして泣いてるの?」
「……嬉し涙だ、かな?」
「そう……なんだ」
少し思ったのと違った展開を引き込んでしまったのか?
でも、天音さんのその真剣な眼差し、これは本気だよ。
火傷しそうなほどだ。
「ねえ春風?」
「え?」
バサッ。
何? 天音が想い溢れて春風に抱きついた。
「天音……さん?」
「あたし、君のこと大好きだよ。君はあたしのものって決めたんだ!」
えっ、えええっ?
バキューン!
銃弾が心臓を通過して、すべての景色が真っ白に変わってしまった。
告られてしまった!
どうしよう?
まだ、告ったこと一度もないままに、告られてしまった!
あっ、僕、紗矢香さんが好きだったはずなのに、天音さんに好きにされてしまうのか……。