第103話 天然石のざわつき
食事を終え、ふたりは近くにあるドブ板通りと呼ばれる商店街を散策する。
「ここは、感じで言うと大阪のアメリカ村みたいだね」
と言いながらも、春風はスカジャンショップとハンバーガーショップの多さに驚いていた。
「凄いスカジャの数だね」
とある店の前で話していたふたりは、年恰好の似た女性店員に声をかけられ立ち止まった。
スカジャンを着た店員は、目指し帽を被り、黒のサングラスを指で少しだけ下ろしながら、上目遣いに顔を見せた天音に、素っ頓狂な顔をして声をかけた。
「いらっしゃいませ……あら、天音じゃんか?」
「あらら、やっぱわかっちゃうか?」
と残念そうな笑い声ではにかんで見せた。
「君は変装しても隠しきれないオーラが溢れ出てるよ」
と少しおべっかを交えて、この店員は感心するように語りかけた。
「そう言うことなの?」
「まあ、そんなとこ……ところで今日は彼氏と、お忍びデートしてたのかな?」
「むむ、鋭いね、ナベさん」
「分かるよ、そんな感じが滲み出てるから、とってもね」
「ところで彼氏さんは、年下だよね?」
鋭い。あなた、エスパーですか?
「僕のことですか?」
ええ、このリアクション、彼氏でないのかしら、この子?
「そうよ、名前はなんて言うの?」
「早乙女春風です」
「何と手弱女振りな名前なの?」
名前で判断をするのはやめて欲しいな。
「ねえ、あたしあなたにスカジャンをプレゼントしたいな」
あなたと言うのは、僕のことだよね?
「僕に?」
「そうよ、お祝いよ、お祝い」
自転車レースの三位入賞じゃなくて、私たちの初デートのだけどね。
「天音さんからこんな高いのもらう訳にはいかないよ」
ええ? こんな時、どう言葉を返したらいいのか分からないよ。
あたし、どうしたら?
ん……仕方ないから、別のものを見に行くか? 或いは無理してスカジャン買っちゃうか?
「ナベさんゴメン、また来るから」
と言ってそそくさと天音は店をでた。
いざ店を出たものの、この閉塞感どうにかしなきゃならないわ!
あれ?
あんな暗がりに、老婆がお店を広げてるわ。
「春風、あそこに行って見ない?」
「え、あのお婆さんのとこ?」
「ええ」
「なんか怪しそうじゃ?」
「あたしは気になるんだけどな?」
「……そうね、そうしたいなら仕方ないね、じゃあ僕も一緒に行って見るよ」
細い路地に入った、建物の影で薄暗い感じがするその老婆が風呂敷を広げている場所に、ふたりは近づいていった。
「うわぁ、これ天然石じゃないの? しかもどれも純度が高いものだわ」
「ほう、お前さん、この石たちの声が聞こえるのかい?」
「え? 声? あたしはただ、この石が純度の高い原石ら造られた天然石だと感じただけ。今までにたっくさん見てきたから、そう感じるだけ」
「そうなのかい?」
「そう、ただそれだけのこと」
「じゃあこの子たちを買っとくれよ」
「ええ? これだけのものを買うだなんて現実的ではないわ」
「そうかい、残念だね」
「え? 残念?」
この一瞬、天音は何かを感じ取って、こう声をかけた。
「じゃあ、高校生の私たちが買える天然石はあるかしら?」
老婆はそれを聞き「ヘッヘッヘッ……」としわがれた顔を歪めるように笑い、どこからともなく手元に寄せた年季の入った木箱を、そっと開けた。
「うわっ、なんて凄い綺麗な天然石のブレスレットなの?」
「やはりお前さんは、この石たちに好かれているようじゃ」
ここで春風は、この如何にも怪しげな老婆に、石の気持ちが分かるのか? と問いかけた。
「このババは、この石たちと長い間旅をしてきたからね。石たちの声が聞こえるんじゃよ」
な、何を言うかと思ったら、謎の老婆を気取りましたね。
このお婆さん。
「いいじゃろよ。それではこの天然石のブレスレットを安く譲ってやるよ」
この婆さん、足元見た商売する気なのか?
「石たちが騒ついておる。いいだろ、お前さんたちの言い値で譲ってやるよ」
天音は、このなんとも不思議な老婆に言われるがまま、木箱の中の天然石でできたブレスレットを手に取り、腕に嵌めてみた。
「私これがいいな。春風もはめてみなよ。感じが全然違うから」
そう言われて、春風はお付き合いでその天然石のブレスレットをいくつか試してみた。
「どれもおんなじ感じに思えるけど、これだけは忖度なしでなんかパワーを感じるよ」
老婆はそう言った春風に、
「お前さんは石たちの声が聞こえんようじゃね」
と投げかけた。
劣等扱いですか?
直感まで猿芝居扱いですか?
まったく参るね。
「聞こえませんよ、なーんにも」
「またんか……お前さんにこの石たちが騒ついているぞ」
「またまた、もういいですから」
「春風、あたしブレスレットをプレゼントして欲しいな。あたしも春風にブレスレットをプレゼントするから」
いやいや、こんな怪しげな老婆から、早く去らねば!
すると天音は、
「分かった」
そう答えたあと、
「じゃあお婆さん、あたしこれを一万円で買うから」
「天音さん?」
「春風もあたしに買ってください」
うわっ、言っちゃった。
頑張ったね、あたし。
お願い!
そうしたいと言って!
「あの……」
何なの?
ダメなの?
ねぇ、神様、答えて!
運命の啓示をただ待つだけの敬虔な信徒のようなように、祈ることしかできない無力なあたし……。
春風はひと思案したあと、
「……OKだよ」
超幸せ!
神様は本当にいるのね!
超うれしい!
「じゃあ春風、天然石のブレスレットはどれを選んでくれるのかしら?」
「うん、天音さんが気にいるものだよね?」
「そ、そうなるのかしら?」
やっぱりあたし、自分のために人に何かをお願いするのは、苦手だわ。
春風が春風の思うまま決めてくれたら、どんなにうれしいか。
「天音さんのイメージにあったもの、選ばなきゃね」
君は本当うれしいことを言ってくれるのね。
もう、愛おしくてたまらない!
「でも、やっぱり天音さんの感じ良い奴をプレゼントする方がいいから、もう一度つけてもらいたいな?」
「分かった。ちょっと待って——これがいいかな」
「じゃあ、これ一万円かもね」
こうしてふたりはお互いにプレゼントし合う天然石を選んだのであった。