第102話 早乙女天音って?
「では、横須賀海軍カレーをお願いします」
「じゃあ、あたしもお願い」
「お嬢様?」
「いいの、いいの、気にしないで」
「それより、海軍カレーなんて頼んでも大丈夫なの?」
「そちらは心配ないのですが……」
「ママのことは心配しないでいいわ。あたしから話しておくから」
「それであれば仰せのとおり」
「じゃあ、よろしくね、吹雪さん」
「承りました」
と接客していた吹雪はオーダーを伺ったあと、厨房へと消えていった。
「ねぇ? ママのことって?」
「あのね、いや、たいしたことではないの」
と顔を赤らめた。
「ただ、ママが彼氏を連れてくるなら、お店の看板メニューを食べてもらいなさいって言ってたの」
彼氏か……そこは微妙だけどね……。
でも天音さんの言ってることも充分わかるし。
「それ聞いてたら、カレーは頼まなかったのに」
「あらあら、仲のおよろしいこと」
とテーブルに近づく女性がいた。
「ママ?」
「こちらの男の子が、天音の意中の人ね。初めまして、天音の母の五十嵐こよりです。お話は聞いていますわ、なかなかのイケメンね?」
「ママ!」
「あなたのパパの若い頃に似てるわね」
「初めまして、早乙女春風と申します」
「へーっ、可愛らしい名前ね?」
「そうですか?」
「五十嵐って言うのはちょっと荒々しい感じするから、天音が早乙女天音になったら、いい感じになるね」
「ねえ、からかうなら来ないでよ」
と天音は母親を牽制した。
「五十嵐天音より早乙女天音の方が、より素敵に聞こえるね」
「春風くんまで、もう!」
と三人は笑いあった。
「春風さん、これからも天音と仲良くしてやってくださいね。私がこう言うのはなんだけど、こんなに気立ても良くて、可愛い女の子はなかなかいないわよ」
「……そう、ですね」
「構えない、構えない。もっと楽な気持ちで、天音を見てあげて欲しいの」
「は、はい」
「この辺りじゃ、カレーもチーズケーキも有名だから、食べなきゃね」
と春風にグーサインを出しながら、テーブルを離れた。
しばらくして海軍カレーが出てきて、ふたりはこれを食べながらカレーを語る。
「海軍カレーとは何なのですか?」
「それはね、海軍割烹術参考書のレシピで作ったカレーのことを言うのよ」
「へえ、レシがあるんだ」
「サラダと牛乳が付いてくるのも特徴なの」
「だから、ついてるのね」
と春風は牛乳をゴクッと二口飲んだ。
「横須賀で提供されていることも、横須賀海軍カレーの定義なのよ」
と言いながら、天音はカレーを頬張って「うん、これよ」と頷いた。
「まろやかなコクの中に懐かしさがあって、甘口と中辛の間くらいの辛さだわ。 じゃがいものホクホク感、ごろっとしたにんじんや牛肉は旨味が出ていて、私はこれをレトロカレーと呼んでいるわ。とっても美味しいわ」
「天音さん、生粋の横須賀娘だね」 とカレーに感激しながら春風は彼女を讃えた。