第101話 紗矢香の実家ってレストラン?
気がつくと、ふたりの行くてには、天音のファンが二十人くらいか、立ちはだかっていた。
どうしたらと立ち止まっていたその時、マネージャーが指差し、
「あのタクシーに乗って、ひとまずこの場を離れて下さい」
と助け舟を出した。
ふたりはタクシーに乗り込み難を凌いだ。
「一緒にいた子、あれ? 天音に弟さんいなかったよね」
タクシーで大周りをしながら、ふたりは昼食予定のマリナブルーラウンジに向かった。
「あれ? オタクさんどこかでお見かけしたような?」
春風はルームミラー越しに、
「湘南第一病院の時の?」
「あー、あの時の?」
「偶然ですね。でもここは横須賀ですがどうして?」
「さっき鎌倉からのお客さんを乗せてここまで来たんですよ」
「そうでしたか」
「お兄さん、それにしても、もの凄いべっぴんさんと一緒だね?」
あっ、まずい!
湘南第一病院って言ってしまった。
墓穴。
女子寮から病院、しかも、紗矢香さんと一緒の話しされると、彼女の部屋での閉じこもりの一件が、バレてしまうかもしれないじゃないか。
「運転手さん、横須賀色って知っていますか?」
と前回の乗車内容から遠ざけるため、わざわざどうでもいい質問を投げかけた。
その意図に反応した人が車内にふたり、質問に質問を被せてきた。
まず先に天音が被せてきた。
「横須賀色は青とクリームのツートンカラーですけど、湘南第一病院へはどこから誰が乗車したのかしら?」
鋭い直感!
意図を汲めるのか?
「お嬢さん、湘南第一病院へ、ではなく、病院からです。彼を確か学生寮へ帰る際に利用されたのです」
「春風があの日行った病院って、湘南第一病院だったんだね」
なんか適当に話が噛み合ってくれて、思いの外助った。
運転手さん、意図を汲んでくれてありがとう。
寮長としての一命は、なんとか取り留めました。
ふたりは到着したマリナブルーラウンジで降りた。
「ここですか? 素敵な外観のお店だね」
「そうでしょ? じゃあ中に入りましょう」
「そうだね」
「いらっしゃいませ」
「予約していた五十嵐です」
「はい、お待ちしていました。天音さま」
「天音さまって?」
「……」
ふたりは接客係に二階のテーブルまで案内された。
「うわ」
海と公園が望めるテーブルに案内された春風は、思わず声が溢れた。
ふたりはお互いが斜め前になるよう着座したあと、顔を見合わせた。
「ははは……」
と天音は笑ったあと、キョトンとしている春風に対して解説を始めた。
「この店はね……」
春風は食い入るように天音を見つめた。
「私の実家なの」
「……え?」
「うふふ、驚いたでしょ?」
驚くも何も、ここレストランでしょ?
「ここが実家って、どう言うことなの?」
「この店、ママが経営しているお店なの」
彼女がお嬢さんて呼ばれていたのが分かる。
「なるほどね」
「さぁ、お腹も空いてるし、頼みましょう」
「そうね、お腹空いたね」
「では、何になさいますか?」
と天音はメニューを広げた。
「あの? 海軍カレーってないのかなぁ?」
「海軍カレーね、メニューになくても頼めば出てくるわ、きっと」
「そんなもの?」
「だって私の実家ですもの」
天音さん。
そんな理由でですか?
規格外の発想、参ります。
「でも、カレーがメニューにないのに、お願いするの気が引けるよ」
「確かに他のお店では迷惑な話だけど、ここは私の実家だから」
ふと横にウェイトレスが立っているのに気がつく。
「ご注文はお決まりですか?」