第100話 ズキューンと突き刺さる天使の矢
あっ、もう一つあった。
真田、あゝ雪か。
——今、寮にはいないよね?
むむ、こちらも、僕の行動を目撃したってことかな?
着信は二十分前か?
——寮にはいないけど?
——今ね、ママのエスハニの新作シリーズの打ち合わせに参加することになって、原宿まで来てるんだけど。
ん?
目撃した訳ではないのか。
わざわざ僕に何を?
——僕の居場所に関係あるの?
——出かけたって詩織ちゃんから聞いたから。歩いてと。
——それで?
——イメキャラを鎌倉学院から選ぶ話が出てね。
——なぜ鎌倉学院なのさ?
——実は今回の新作はハワイのブランドとのコラボ商品で、高校生をターゲットにしているからなの。
——なるほど。じゃあ、モデル科の女の子か?
——或いは、サーフィン部の女の子か?
——今回は、学校に了解のもと、来週開催される鎌倉学院選手権にスカウトマンが入って、イメキャラにする子を選ぶらしいの。
——選手権で見つけるんだね。
——このことは、学校職員と選手権実行委員には知らされているみたいなんだ。
じゃあ、天音さんは当然知っていることになるのか。
——今日の夜の祝勝会は、参加するの?
——詩織ちゃんから聞いてるけど、今日は行けないんだ。
——ゴメン。
——いやいや。
——春風くんのお祝い、また考えておくよ。
——じゃあね。
しかし、目の前に軍港がある風景は、ちょっとだけ緊張しちゃうね。
アメリカ海軍と共にある街か……確か、空軍の厚木基地も近くにあったよね。
初めての僕にとっては社会科で学んだ知識だけの世界なんだけど、どうしても有刺鉄線腰に見える現実は、天音さんはどうなのか分からないけれど、リアルな日本の現実を思い知らされる気分になってしまう。
「まあ、気を取り直して、天音さんの撮影現場が見やすい場所へと移動するとしよう」
「良いね、AMANEちゃん、もう少しこっち向いて!」
「カシャカシャカシャ、カシャカシャ」
「ちょっと顔が硬いよ、笑って笑って」
私、作り笑いは苦手なのよね。
「笑って」と言われても、上手く笑えてる気がしていないしね。
春風?
こっち見てくれてるの?
手を振ってくれてるの?
なんか、ドキドキしてきたよ。
視線を感じるだけでも、なんだろう、ドーパミン? セロトニン? オキシトシン? もう気持ちの高揚と幸福感が半端ないの。
もう、とろけてなくなりそう。
「いい、いい顔してるよ! AMANEちゃん。エクセレント、エクセレント。頭を傾げたあと視線を上目でこっちにちょうだい! あゝ色っぽいよ、最高だね」
カメラマンは、天音の顔付が急に変わったのを見逃すことなく、表情の変化に寄り添うように、注文をつけていった。
「おい、マネージャーさん。驚いたね。AMANEちゃんって、こんなに豊かな表情を見せる子でしたっけ?」
「もちろんですよ。汐入デレクターさん。あの子はうちの一推しですから。化けますよ」
「その見込みは正しいと思うよ。見てごらん?」
「ええ」
「あのカメラマン、ちょっと変わっててね、ああやって気に入られた子たちは、みな超売れっ子になっているんだ」
「オタクに、あんないい素材がいたとはね」
「ありがとうございます。また、お仕事いただけると助かります」
「今度はとびっきり大きな仕事を頼むから、しっかりと頼むよ!」
「よろしくお願いします!」
なんか、驚いたのはぼくの方かも。
天音さん、凄いんだね。
また、高校生なのに、もう、社会で認められているなんてね。
それから三十分後、天音は撮影を終えた。
少し離れたベンチで天音を見ていた僕は、ボーっと眺めていて、傍から見れば、まるでお姉さんについてきた年端の行かない弟みたいかもね。
そんな僕のところに天音さんはやってきて、
「今日ね、たくさん褒めてもらえたの。春風が見ていてくれたから、いい感じで仕事ができたと思うの。本当にありがとう」
「天音さんの写真が雑誌に載ったら教えてね。見てみたいから」
ズキューン!
私のハートに天使の矢が突き刺さって外れない、どうしよう?
胸が苦しいよ。
私、恋して頭がおかしくなってしまったよ。
「ねえ?」
「え?」
「そろそろお腹すかないかな?」
「お腹すいたね、じゃあ、予約しておいたマリナブルーラウンジに行きましょう」
「そうしよう」