第99話 青とクリーム
ふたりはホームから改札を抜けて、駅舎を出た。
「うわぁ」
青い空と海、真っ白な雲が、横須賀に初めて降り立つ春風のワクワクした気持ちを、より一層掻き立てた。
「湘南の青とは違う青だね」
「横須賀の青色はネイビーブルーよ」
と話しているところに、側にいた駅員さんがニヤリとしながらふたりに声を掛け、こう言った。
「君たちが生まれる前のJRの前身である国鉄に由来する話なんだけどね、湘南色、横須賀色というカラーがあったのはご存じかな?」
「いや、そんな名前の色があるんですか?」
「ええ、ありますよ。当ててみてください」
と駅員は、謎かけをするかのように尋ねてきた。
「青色の濃さが違うとか?」
「違うわよ。お父さんから昔聞いたことあるけど、横須賀色は確か青色とクリーム色じゃなかったかしら?」
「お嬢さん、横須賀育ちかい?」
「ええ、そうよ」
「横須賀はネイビーブルーって話していましたから、観光客かと思い、つい声をかけてしまいましたね」
「あの、ところで湘南色とはどんなカラーなんですか?」
「湘南色はね……」
「湘南色は?」
「うんうん」
「……緑色にオレンジ色ですよ」
「えええっ。浮かばなかったです」
「みかんの実と葉っぱのイメージらしいですよ」
「他にもあるのですか?」
「そうですね、特急色はクリーム色に赤色のツートンカラーだったり……」
「ありがとうございました。では、急ぎがありますのでこれで」
と、春風は自然にはるかの手を握り歩き始めた。
「ここからヴェルニー公園だね」
「この先にある噴水あたりに、撮影隊が来ているはずよ」
「じゃあ、その先は仕事だね、いってらっしゃい。離れたところから見てるよ」
「うん」
と手を振り、天音は撮影現場へと歩いて行った。
春風は海辺を臨むベンチに腰を下ろしたあと、肩の荷を下ろしたように「フー」と息を吐いた、
次にポケットからスマホを取り出し、着信をパラパラっと確認した。
「あっ、阿良隆さんからだ。何だろ?」
とメッセージを開いた。
——鎌高前駅で見たで。それはさておき、祝勝会、手伝うことないか?
なるほど。
今日の祝勝会は、僕もお客様だから聞いてないからな。
——横須賀来てます。
——一人でか?
はや!
非番すか?
——友達と来てます。
——女か?
あれ、あれあれ、阿良隆さん、攻めますね。
——ええ、まぁ。
——デートか?
——そうなるんですかね?
——サラリと言うね。まあ、また紹介してや。
——はい。
——そうだ、横須賀色って知ってますか?
——ほう、スカ色か。私を誰だと心得る?
——江ノ島電鉄の運転手でっせ。
——分かってますよ。
——お願いします。
——ブルーとクリームのツートンカラーや。
——じゃあ湘南色は?
——グリーンにオレンジや。
——凄ーい。
——流石。
——ところで非番すか?
——今さっき終わった。
——でさ、準備いらんの?
——いらんと思います。
——これは美鈴さん主催か?
——まあ、そんなとこかと。
——了解や。
——じゃ、またな。
——横須賀土産はええからね。
ええからね?
いらないですいんだよね。
わざわざ土産話すなや。