第10話 鎌高女子はサーフィンが強い?
ふと辺りを見渡すと、沖に出てボードにまたがり波待ちしている人、砂浜で波乗りバンクを確かめている人、ボードを抱えて移動する人、パーリングする人、ガッツポーズをする人たちの光景が、目に飛び込んできた。
(パーリングとは波に乗りに失敗すること)
手をサンバイザー代わりにして目を凝らすも、僕は翔子さんらしき女性サーファーを見つけることができなかった。
翔子さん、まだ到着していないのか? それとも、何か予期せぬ事態に巻き込まれていたり……いやいやいや。でも、どうしたのかなぁ?
「やあ、春風!」
「翔子さん? ですか?」
髪を結んでサングラスしてると、誰だか分からないじゃないですか!
まったく。
「私のこと、誰だか分かんなかったでしょう?」
鋭い、その通り。ボディーラインが想像を超えていて、誤認してしまいました。
「そうなりました」
「今からね、明日の大会に向けて、鎌高サーフィン部があの辺から練習に入るわ」
「練習、ですか。なら翔子さんも、練習するんですか?」
「ん、まぁ……そんなところ、かな?」
でも、砂浜にいる人、みんなサーファーって感じで、カッコいいな。
特に、翔子さん! あなたのその身体つきがクールで刺激的で、ただただ目のやり場に困ってしまいます。
「あっ、そうだ。僕ね、五月のバイクライドに出場するかも知れなくて」
「えっ? そんなこと、いつの間に?」
「ほんの少し前です」
「どう言うことなの?」
「まあ、ちょっとした奇跡のような展開が、舞い降りてきたんです」
「へー、奇跡か」
「実は、大阪からこちらに向かう途中で知り合った方が、この湘南サーフライドの関係者だったんですよ。なんとその方は、バイクライドの事情を良く知っ見える方で、大会メンバーが揃わず出場を断念しなければならないチームに、僕を引き合わせてくれるって」
「それは確かに奇跡だね」
「はい」
「応援行くからね」
「よろしくお願いし……。ん?」
「おーい、翔子!」
と聞こえた時には既に、サーファー女子の群れに囲まれていた。
「ねぇ、誰? このイケメンくんは?」
と一人のサーファー女子が翔子に問いかけた。その後、ジーッと僕を見ながら、
「私は弥生、フリーよ。付き合わない?」
「え?」
あっけに取られるなか、続けざまに弥生は翔子にこう言った。
「狙ってないなら、この子を私に譲りなさいよ」
まさに逆ナンパじゃないのか、この状態は。
「弥生先輩、残念ですが彼には彼女がいるから諦めましょう」
と翔子はとっさにデタラメを語った。
翔子……さん? 何いってるんだよ。
「さぁ、練習練習! 皆さん戻りますよ!」
「ひやぁー」
翔子は暴れ叫ぶ弥生の手を引っ張りながら、春風にウインクをして離れていった。
「あの?」
えっ、まだいた。
「はい、何か?」
「あなた、鎌高生でしょ?」
可愛い顔してるけど、なんかおっかないな。
「えぇ、まぁ」
「新一年生よね?」
「ええ、まあ」
「あなた名前は?」
「……早乙女、だけど」
「早乙女、覚えておくわ。それと、先輩達を誘惑しないでね!」
「えっ?」
「それと、私、北山萌」
「……」
「サーフィン一筋の私に惚れないでね。それじゃ」
な、なんだよまったく!
個性的過ぎません?
あー、なんか疲れがドッと来た。
あれ、気づいたら、もう一時じゃないか。
「翔子さんのサーフィン見るつもりだったけど、周りが面倒だから、やめときますか」
と独り言をいいながら、パーラーへ一人帰ることにした。
そしてパーラーへ戻る途中、海岸線遊歩道に一人佇む、麦わら帽子をかぶった白のワンピの女の子が目に留まり、近くをすれ違う瞬間、横目で顔を見やった。とても寂しそうに海を見つめるその瞳が、印象的で、つい振り向いてしまった。
これは、今まで感じたことのない気持ちであった。
――入寮――
パーラーでランチを食べ終わり、ホッとしたタイミングで、市川先生から電話連絡が入った。
「早乙女くん? 今いいかな?」
「はい、大丈夫ですが」
「この後、良かったら学校職員室まで来てもらえるかな?」
「もちろん行きますが……」
「大事な手続きなので、細かな話はその時にしましょう」
「分かりました。では、今から伺います」
「じゃあ、職員通用口が高等部建物の北側にあるから、そこまで来たら、インターフォンを押して下さい」
寮長の話か?
確かに、普通に障壁ありそうだからな。
まっ、大事な手続きだ。
行くでしょ。
高等部の職員通用口まで来た僕は、インターフォンを押した。
「今鍵開けたから入って」
「はい。入ります」
春風が中に入ると、市川が職員室から半身乗り出し、手招きをした。
春風は、招かれるがままに職員室に入った。
「早乙女くん、紹介するよ。こちらが辞められる秋田寮長さん。今日ここには見えないが、加藤さんと前田さんが食事担当をされています」
「寮長の秋田です。まぁこんなイケメンくんが寮長になったら、あの子たち、早乙女くんの取り合いしちゃうかもよ」
「え?」
それ、おかしいでしょ、どうなってるんですか?
「みんないい子達ばかりだから、後を頼みますね」
説得力なし。
「まあ、分かりました」
「引き継ぎはこれといってないけれど、マニュアルに部屋の見取図やトラブル時の連絡先、それと寮生の名前や保護者の連絡先などがあるから、取り扱いに気をつけてね」
なんか、重いかも?
「市川先生、寮長を辞退はできませんか?」
「いきなり、また、どうして? 大丈夫だから。僕が最終的には責任者になる契約だからね」
「ん? どう言うことですか?」
「ここを見てごらん、この寮長契約書の」
「どこを?」
「ここ、『寮長が未成年につきその責任はすべて学生寮担当者が負うものとする』って書いてあるでしょう? 山科学長の承認署名も頂いてあるし」
「ほんと……ですね」
「また、寮長からの一カ月前申し出があれば、退任もできるようになっているから」
「……分かりました。やれるとこまでやりましょう」
「では、秋田寮長から平日の仕事、土日について説明をお願いします」
秋田は寮長マニュアルを用いて、おおよその流れを説明した。
そして、春風がこう説明を始めた。
「つまり、早朝七時半の玄関扉の開錠、寮生の朝食時確認、学校への送り出し、そして玄関扉の施錠。
下校後は、十八時から十九時までに夕食を寮生と一緒にとり、二十一時に消灯見回りと玄関扉の施錠ですね」
「そうね、そんなとこだわ。それでいいわ。後は、休暇を取る時は、便宜上、高等部三年の学年長に代役をお願いすることになってるから、事前に学年長には話しておいたわ」
「助かります」
「では、早乙女くんには三月三十一日の明日夕方から、お願いできるかしら?」
「任せて下さい」
寮長の引き継ぎは終わり、寮長契約も無事取り交わされた。
「では、失礼します」
「あっ、早乙女くんは残ってくれるかな?」
「え?」
秋田寮長を見送り、僕は市川先生と生徒相談室に場所を移した。
「そちらにかけて」
「はい」
「実はお願いがあってね」
なんだ? 改まって。
弥生 男にモテたい!
北山 波乗りできればモテますから!
弥生 本当にそう思っているの?
北山 男は波。波乗りできれば彼氏はできたも同然。
弥生 次回「バイト募集してますよね?」
北山 してるかどうかは波の任せ。