Q79 偶然こそ
行方をくらませていた五六渉刑事が出水中瀬署に姿を現したということを淡口は神木から直接連絡を受けていた。神木曰く、五六の様子は至って平常でいつもと変わらぬクールさと物多く語らないスタンスだという。
今は取調室で慎重に聞き取りを行っているようで、五六が所属している《ムホウの会》のこと、そして冷矢笥姉妹との関わり合いを最優先として進めているようだ。
しかしそれらの理由や経緯は至極当然のような回答として既に聞き出せており、それ以上の情報や思惑は今のところ五六からは得られそうにもないほど、彼には疑うべき不自然さがほとんど感じられないというのだ。
――いやいや、そんな報告自体、不自然にもほどがあるでしょ。
淡口は一切その取り調べ結果を信用していなかった。
神木から共有された事情聴取の内容はこうだった。
冷矢笥姉妹との関係は?
――地元の幼馴染です。学校も同じでした。ただ幼い頃に彼女たちの両親が亡くなってからは親戚に引き取られたということもあり、しばらくは疎遠になっていました。
なぜムホウの会に所属するようになったのか。
――一番の理由は組織における理念です。きっかけがなければ所属はしていなかったかもしれません。けれども実際は事件が起きてしまった。ただでさえ彼女たちは不遇の生活を強いられていた。それでも腐らず懸命に生きてきたのに――のあは襲われてしまい今も意識は戻らないままになってしまった。挙句の果てには現在はわけの分からない男に拉致されて行方がわかっていない――まあ最後の件はムホウの会とは関係ないですが。
わかっていただけますか?ゆあと僕の心境を。怒りや悲しみを通り越して理不尽というものを心底呪いましたよ。あまりにも不条理で滑稽すら思えてくる。
犯人はまだ捕まっていない。けど幸いにも僕は刑事です。今でも毎日ちょっとでも手掛かりがないか時間がある際は一人で捜査を行っています。けれど個人でできることは限られています。それに、のあのことも支えていかなきゃいけない。ゆあだけでは医療費や生活費をまかなうことはできないし、僕もむろん支援しているけどそれでも足りない。
ムホウの会の理念は報われない人のために行動を起こし、支援することです。僕は藁をもすがる思いで助けを乞いました。すると彼らは快く受け入れてくれた。正直に告白すれば今でもムホウの会から支援金を毎月もらっています。‥‥警察官として恥ずべき行為だと認識しておりますし、違法になる可能性だってあるかもしれない。引いては警察組織全体への信頼を揺るがせかねないリスクがあることも重々承知しています。ただ、これだけは信じてほしい。ムホウの会は何一つ犯罪などに加担するような団体ではないことだけは断言いたします。
里崎清春の件は正直わからないです。彼が組織に所属していたことも後で知りました。なので、その辺りの情報を掴めていなかったことは会の人間としてではなく、刑事として失格だと痛感しています。本当に申し訳ないです。
ただ里崎の犯行とムホウの会を結びつけるのは現段階では時期尚早化と――。いや、すみません。警察組織として御法度でしたね。私情を挟んでしまっています。本当に僕が知る限り、会の人たちは良い人ばかりだし、感謝してもし切れないほど僕たちは世話になっていますから――わかりました、本部の人間に一度連絡を取ってみます。僕も支部の人間ですので、本部のことはあまり知らずで申し訳ないですが、何か知っているかもしれません。僕が言えることは以上になります――。
《いやいや、違和感ありまくりだろ。‥‥とはいえだ》。
淡口は二回しか顔を合わせていなかったが五六の印象はよく覚えていた。
第一印象は生真面目で感情を決して表には出さない男だった。しかしながらこのやりとりを読んでいると別の一面が見えてくる。
したたかさと豪胆さ。
体裁を取り繕うのが上手いのか、意図的に猫を被っていたのか、あるいは本当に何も知らないのか――いやいや、それはありえない。
どちらにせよ現在、五六渉は監視つきの自宅謹慎処分中だ。本人から話を聞き出すには神木の許可が必要だ。
淡口は出水中瀬市にあるパンケーキ屋の前で呆気に取られた様子で立ち尽くしていた。それからややして、舌打ちをして不愉快さを露にした。
《つうか、何でサテンじゃないんだよ。そういやあ、あいつ甘いもの好きだったな‥‥にしてもだ、こんな場所、俺一人で入るのか‥‥?無理~ってか、煙草も無理だよなあ》。
意を決して入店する前に一本吸おうかと考えていると、店の扉が開いた。中から眼鏡をかけた男が出てくる。年齢は自分と同じくらいだが、表情はひどく思い詰めたような困惑さが滲んでいた。
いや、そんなことよりも――。
男がすれ違うように真横を通りすぎていく。
淡口の記憶がアラートを騒がしく鳴らす。
そうだそうだ、今のは確か――。
モンシェールクレア、キャスト《真宵あめ》の太客だ。間違いない。彼女に任意徴収をする前から、彼は店に対しても探りを入れていたのだ。
最初店長である田原という男は非常に辛辣な視線を淡口に浴びせたが、そちらのキャストが殺人事件の容疑者と関係があるかもしれないと伝えた途端、態度を一変させキャストの名簿一覧と写真を提供してくれたのだ。しかもキャストごとの常連客がわかる防犯カメラの画像データも合わせてだ。
ただしとてつもなくセキュリティレベルが高い個人情報の取り扱いとなるので、淡口はすぐさま管理部と連携を取って然るべき対策を行っている。同時にモンシェールクレアに対しても混乱や余計な憶測を招くことは避けたかったので、あくまでもキャストは犯罪には加担していないと警察側は断定して捜査している、事件解決のための情報収集であることは念を押して伝えてある。
淡口は馬鹿だと周囲から揶揄されているが記憶力は有り余る行動力と押し並べても遜色ないほど良いのだ。
あれは――間違いない。真宵あめの太客だ。名前は確か、久形といったはずだ。
淡口は偶然の積み重ねは日常で実はありふれている事象だと考えている。ただ人々が気づいていない、もしくは知らないだけで、本来ならそれらが何かのきっかけやヒントが孕んであることも少なくないはずだ。
《偶然を取りこぼすな。そのために行動を怠るな。そして常に偶然こそ怪しめ》。
こういう状況になるといつもその言葉を思い出す。
――はいはい、わかってますって、ろくさん。
「おっ、来たな、早いやん。というか何やその顔は、険しいなあ。またスロットで大負けしたんかいな」
壁際に陣取るように座っていた神木は好物のパンケーキをすでに平らげたところのようだった。
「大きなお世話。それよりも神木、先客がいたよな?今さっき出ていった奴だろ?」
「おお、なんやなんや急に。ってかようわかったな。せや、先にちょっと用事があったんや」
「あの男と何の用事だったんだよ」
「えらい血相かかえてどないしたんや淡口。あれは、あれや。俺バンドしてるやろ?今度めでたく十周年を迎えるんや。それでな、記念ライブをやろうと思ってんねん。ワンマンでも良かったんやけど、せっかくやしな、スリーマンでもやろかなって。さっき出ていった男は対バンとして呼んだんや。腕はまだまだもひとつやけどな、ええ音楽やるんやでえ。で?あの男がなんでそんなに気になるんや?」
「そうだったのか。いや、けどなあ、そんな偶然なんてあるかって話だよなあ」
「お前がそんなにうろたえるなんて珍しいやん。とりあえず座りぃや。話聞くで」
「――なるほどなあ。要するにや、お前が里崎清春を発見した現場近くでうろちょろしてた女がおって、そいつが近くの高級店であるモンシェールクレアのキャストで、しかもその女の固定客が俺が今話してた久形柊斗っちゅうんか?‥‥にわかに信じがたい偶然やなあ。うーん、せやけど、さすがやな。よう調べてるなあ、かなり危ない橋渡ってる感じも否めへんけどな」
そう言って神木は不敵な笑みを浮かべたがすぐさま神妙な面持ちに戻って続ける。
「まあけど、犯人は里崎で決まりなんやろ?それでもその女と久形君にこだわる理由ってなんなんや?」
「さあ?俺が訊きたいくらいだよそんなの。でもな、これだけ重なり合った偶然を単なる偶然で済ませたら、刑事なんていらなくないか?」
「ほっほう、言うやんけ、さすが淡口刑事やな。けどどう関係してるんかが大事やな。共犯の線も視野に入れてるっていうわけか?」
「いやいやだからわかないってまだ。そういうのも含めて考えるべきなんだろうなって思ってるんだよ最近。この事件は里崎の単独犯で、はいお終いっていう話じゃもうないと俺は勝手に断定してる。説明つかない殺害方法、誰が容疑者を襲ったのか、その現場にいたとされる真宵あめというキャストと客である久形柊斗。そして海星会病院から連れ去れた冷矢笥のあ。俺はさ、こいつらが全部何らかしかの部分で繋がっているように思えるんだ。ほら、田尻管理官も言ってたろ?里崎を立件するにもまずは外堀を埋めろってね」
「ひやぁ~やるやんか淡口~大人になったなあ。俺は同期として嬉しい反面、なんや気持ち悪なってきたわ」
「なんでやねん!」
「下手くそか、関西弁。はあ、まあええわ。よっしゃほんでえ、何から話したらええんや?」
「まずはお前の優秀な部下の話からだな」




