Q73 スリーマン
「にしても珍しいな、お前から誘ってくるなんて」
「うん、まあね。たまにはやっておかないとってね」
久形は地元にある音楽スタジオにメンバーのギター担当である吉川尚久と入っていた。ベースの保坂英司がいなくなって以来だった。
もう一年近くギターに触ってすらいなかった久形は、最初セッティングにさえ戸惑ってしまった。
我ながら恥ずかしさを覚えつつも、あの頃やっていたことを焦らず思い出しながらアンプとエフェクターの設定を行っていった。
彼のギターは真っ赤なボディが素敵なファイヤーバード。三年前の夏のボーナスを全額はたいて購入した、彼の財産でもある。
かたや吉川はさすがで、普段からもギターをちょこちょこ触っているせいかあっという間に準備を終えて、自分の好きなパンクロックやロカビリーの名曲をエッジの効いた歪みでかき鳴らしていた。彼が持つギターはグレッチといって、彼が尊敬するブライアン・セッツァーからもろに影響を受けている。
ようやく久形も準備ができると、自身のバンド《クランキークレーム》でやっていた曲目を流し程度に演奏していった。
いつにもましてギターはめちゃくちゃだったし、歌は輪をかけてひどいものだった。吉川は目も当てられないといった様子で、苦笑いして終始かぶりを振っていた。
だが徐々に感覚を取り戻していくと、久形と吉川はライブ感を出しながら演奏にのめり込んでいったのだった。
二時間の練習後、開口一番に吉川は「しっかし相変わらず、ひどいねえ」とぼやくように言った。「声もがらがら、音程も不安定、ギターの音圧はぺらっぺら。本当に全くもって何もやってなかったんだな」
吉川は機材を片づけながら鼻で笑った。
「うん、だって昨日ギターの弦張り替えたばかりだしなあ。本当に一年ぶり近くやってなかったわ、うん」
「ったく、ちょっとは弾けよな。ただでさえ下手くそなんだからな」
「はいはい、わかってますよ。すまんすまん」
「で?なんかあるんだろ、スタジオに入った理由が。ただ遊びで入ったとかはあんまりお前だとない気がするからな」
「おお、さすが鋭いな。ま、このあと飲む時にでも話そうかと思ったんだけど。いや実はさ、ライブの対バン依頼を受けたんだよ、《トワリーズ》のボーカルの人から」
「そうだったのか。去年のイベントライブでたまたま対バンになっただけなのに、誘ってくれるなんてありがたいねえ。けど、またあの人ら、ツアーでもするのか?」
「うーんと、いやそうじゃなかったと思う。確か、結成十周年で地元の出水中瀬で記念ライブするから出てほしいって言われたんだ」
「ほお、そりゃすごいな。逆に俺たちでいいんかいっていう感じだな。じゃあイベントだから六か、七バンドくらい呼ばれてるんだろうねえ」
「それがさ、スリーマン、だとよ」
「‥‥まじ?」
「うん、まじ。しかももう一バンド、誰だと思う?‥‥《ブージークラッカー》だって」
「えっ、まじで言ってる?」
「大まじ、まじマックス」
「うぉおおお、まじか!熱すぎだろそれ。というか、ありえないだろそれ。本当に本当か?いやあ、やばいやばい、そりゃ出るしかないっしょ!」
珍しくクールな吉川が興奮を抑えきれない様子を見て、久形は無理もないと思った。
なぜなら《ブージークラッカー》は吉川が大好きなバンドだからだ。彼曰く、とてつもない元気と幸せをくれるバンドだそうだ。
かくいう久形も同じ感想を持っていた。吉川に誘われるライブといえばほとんどがブージークラッカーで、久形自身も毎回ライブは楽しみにしていたし、何よりライブで得られる高揚感と自分には一生かけても無理だろうなあと思わせてくれるバンドとしてのかっこよさとエネルギッシュさを味わえることができる。
毎回幸せにしてくれるバンドだ。
「けど、どうして誘ってくれたんだろうなあ。どっかのバンドと勘違いしてないか?」
吉川はほくそ笑んで腕を組んだ。
「そうなあ、理由はわかんないよ。自分ではわかってるしね、実力は」
「うんうん、あり得ない組み合わせだよな、トワリーズにブージーに、俺らだもんな、ははは。まっ、曲と俺のギターは良いけどね」
「それは否定しないけどねえ。でも、‥‥ベース、どうするかだよなあ。小塩は言えば出てくれるだろうけど」
小塩唯生はドラム担当で、今は少し久形たちとは離れた場所に住んでいる。
「そうなるよなあ。俺の大学時代の知り合いでも当たってみるか?つうか、保坂の奴、どこいっちまったんだよ、ほんとに」
吉川は久形と違って、ばりばり中学生の頃からエレキギターを始めていて、大学ではオリジナルバンドを組んでほとんどの時間を音楽に注ぎ込んでいたようだ。
それに対して久形といえば、吉川と同じ中高だったにもかかわらず、ほとんど話をしたことがなかったし、バンドミュージックに対してもあまり興味がなく、楽器などはほぼほぼ皆無だった。
そんな二人がどうして再び出会ったかといえば、久形が社会人になって作り始めた楽曲をSNSに載せたことが始まりだった。
楽器はおろか、曲作りなども経験してこなかった彼は手探り手探りで下手くそなギター片手に音楽ソフトでなんとかかんとか録音をして、暇を見つけては曲作りに勤しんでいた。
それをたまたまSNSで見つけた吉川が声をかけたのが始まりだった。
彼の送った最初のメッセージは久形の中でとても印象深く残っている。
《久しぶり。まさかお前が音楽なんてな。つうか、下手くそすぎだろ》
なんて失礼な奴なんだと思ったが、すぐさま次のメッセージで、《でもすごいじゃん、曲作ってんのね。なんか良い感じだし。バンドでやったら面白いかもな》ときた。
社会人なって日々が惰性のまま過ぎてゆく中で、その言葉は妙に心沸き立つものだった。
久形にとって人生で初めてだったかもしれない。
胸が熱くなる、ということが。
それがきっかけで二人はもう一度会うことになり、学生時代は友達という間柄ではなかったのに気づけばバンドを組むことになっていた。
「もう一度、ライン送ってみるよ。ダメだったら、一度あいつの家に行ってみる」
久形はスタジオの地べたにあぐらをかいたまま保坂へメッセージを打ち始めた。
「わかった。けど、とりあえず先に片づけね?ここのスタッフ、五分前には撤収しないと、めちゃくちゃキレるっしょ」
「げっ、本当だ、やばい。先に片づけだな」
二人は慌てて機材をエフェクターケースにしまい、ギターケースを背負って部屋を出た。




