Q70 On and Off
「おいおい、どういうつもりだい?こちらは警察の者なんだけどね。そんなもの突きつけて‥‥エアガンだとしても悪い冗談だ」
淡口は軽く口笛を吹いて肩をすくめた。
「喋るな。警察だと判断したからこうしている」
男は背中に突きつけている銃をさらに押し込むようにして制した。が、淡口はそんなことは聞き流すように平然と続ける。
「へえ、大した勘だ。初対面だよ俺たち?」
「でかい声の奴だな。お前こそいきなり俺を取り押さえようとしただろ。そっちのほうが警戒に値するぜ」
「そりゃどうも。‥‥てか、悪いけどその格好だと警察関係者はみんな職質かけると思うよ」
「職質じゃないだろ、お前のは。最初から俺を犯人のような扱い方をしたってところが他の奴らとは違うってことだ。勘は一級品なのに、頭は馬鹿なのか?」
「へへ、馬鹿で結構。お前、なにもんだ?なにしにきた?」
「言うわけないだろ。お前はこれから死ぬんだしな」
「おいおい、ちょっとちょっと。それこそ悪い冗談だな。こんなところで発砲なんてしてみろ、すぐに警察が集まってくる。籠城でもするつもり?」
淡口は初めて慌てた素振りをしてみせたが、表情は一貫してあっけらかんとしていた。
「いらんお世話だ。それに、これはサイレンサーだ。大した音は出ないさ」
「なら、なおさら見逃せないね。氷芴沢署までしょっ引いて、お前が何者なのか、ここに来た目的も含めて洗いざらい吐き出してもらおうか」
「やはり馬鹿なんだな。この状況下でよくそんなことが言える。お前のほうこそどうしてこの場所にいるんだ?」
「へっへーん、誰が言うか!」
「そうか。じゃあ死ね」
「ちょっと待てよ。あんたさ、この病院、実は警察と深く繋がっているってこと知っててこんなことやってるの?」
「‥‥何?」
「あらら~知らないんだ~そっかそっか。今のやりとりが一部始終録画されてるよ、上、見てみそ」
それは淡口がよくやる賭け事(千円だけ握り締めてスロットでその日必要な生活費を稼ぐ)よりも遥かに一か八かだった。
言い終わるのと同時だった。
亀が瞬時に首を引っ込めるように素早く真下に屈み、加えて半回転しながら男の右足首を両手で握り、そのまま大根でも引っこ抜くかのように力任せに自分の体へ引き寄せた。
見事に男は仰向けに倒れた。
淡口は馬乗りになって、仕返しとばかりに銃口を額に突きつけてやろうかと考えたがすぐさまそれは悪手だと気づく。
その後の男が見せるリカバリー力に舌を巻いたからだ。
倒れたと思いきや、男は手を使わずに下半身と背筋だけで立ち上がった。
淡口は舌打ちをして内ポケットから拳銃を取り出し引き金に指をかける。一方で男もほぼ同タイミングで黒いサイレンサーを淡口に向けた。
「ふう、やばかったやばかった。けど、もうおしまいだ。ほら、銃を捨てろ。もうさすがにこれだけ騒いだら病院も通報しただろうしな」
淡口は再び口笛を吹いて不敵に笑った。
「はっ、何を言い出すかと思ったら。とんだ甘ちゃんだな。こっちのほうがお前より早く撃つだけだ」
「おいおい、まだやるつもり?もう無理だって。俺を撃ち殺したってどうせ捕まるよ?まあ、俺だってお前よりも早く撃つ自信はあるけどね」
この静謐な渡り廊下では金輪際味わうことがないであろう、死線をいつでも簡単に超えてしまいそうなほどの張り詰めた空気が場を凌駕するようになった。
二人とも束の間だったが微動だにせずじっと相手の目を見たままだった。
しかしややあって男の口元が薄っすらと和らいだのを見て、淡口は薄ら寒さを感じずにはいられなかった。
「何がおかしいんだ?‥‥あれ、何か――」
瞼が落ちていく。
目の奥から渦が生じて理性がぶっ飛んでいく感覚。その後にはゆったりと抗えない眠気が訪れ、遠のいていく意識――。
「さっきまで馬鹿には効かないかと心配した。お前の背後を取った際、念のため針を首筋に刺しておいて良かったよ」
――針?刺された?そんな感覚はなかったぞ――?
「麻酔と一緒だ。上手い奴にされたらわからないだろ?じゃあな」
――くそ、待て‥‥ああ、駄目だ、寝る――。
淡口の目の前は真っ暗になったのだった。
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てくてく、てくてくと。
しとねは再びコンティニュー画面と同じような真っ黒い世界をてくてく歩いている。
そして思い出したように立ち止まり、いつもみたいにのほほんと喋り始める。
どうも、垂水寝しとねです。
うーん、あの後のことだよね?それがさ、あんましはっきりとしてないんだよね。とても断片的というか。
忘れたとかいう感覚はないんだけど、突然記憶の一部分がごっそりと切り取られたような感じ?‥‥よくわかんないんだけどね。
でもでも、ちゃんと覚えてるところはあるんだよ。
たとえば、あの土壇場での出来事は鮮明に残ってる。
タニーと一緒で生理的に受けつけないお姉さんに最後までしつこく嫌がらせのように襲われた時、ゆあちゃんの右手が光ったの。そしたら、急に大雪が降ってきて。
一気に辺りは豪雪地帯になっちゃったんだ。
目も開けてられないほどの吹雪が喧しいお姉さんの声も、後ろのほうでドンパチ繰り広げてたパイセンが連れてきた怖いお姉さんの金槌を振るう音も、全部かき消していっちゃったの。
すごいよね、ゆあちゃん。
きっとエリアマスターの《特権》を使ったんだと思うな。
飛ぶこともできるし、雪も降らせられるし。
やばいよね、うん、まじ尊敬っす。
――で、まあそこから後の記憶が曖昧なんだよね。
雪山で遭難した登山家の気持ちが大変理解できました。
きっと雪の圧力と寒さで低体温症に陥ってしまってそのまま安眠、凍死のコースへまっしぐらになってたんだと思う――恐らくはね。
いや本当にあんまし自信はないの。けどそんな状況だった。
でね、どうかしてる色気のお姉さんがそれでも挫けず、激しい風雪の中きりきり舞いになりながらもゆあちゃんに攻撃しようとしたの。
本当にどうかしてるよね、あの人。
だけどね、そんな時に現れたんだ。意識もおぼろげで見通しもきかない中だったけど、確かにあれは、五六とかいう、ゆあちゃんにベタ惚れの刑事だった。
蒼白な顔を見れば今にも倒れそうだったけど、彼は口を真一文字に固く結んで、鼻から蒸気機関車のような白い息を荒々しく吐き出してた。
絶対にゆあちゃんを守るんだっていう気概が感じられたよ。
ちょっと見直したかな。
これで最後だっていう覚悟の元、彼はβ版を使ったの。
能面の巨人が現れて、念動力を二体のピエロに向けて放った。虚を突かれたこともあって完全に命中したよね。ピエロたちの動きを完全に止めることに成功したの。
きっと、あのどうしようもないお姉さんはすんごい形相で喚き散らしてたんだと思うけど、もうその時には雪まみれになっちゃった視界で見えなくなっちゃったから、いないのも同然で良かった。
もう私も朦朧さ加減が半端なかったから、限界寸前だった。
でもね、最後に見ることができたの。
五六っていう刑事がゆあちゃんをおんぶして、ふらつきながらもポッツンドームへ辿り着いたところをね。
そのまま二人は中に入っていった。
それを見届けられただけでも、私は感無量だった。
すっかり安心しちゃった私は眠気に屈服することを決めたの。
ばったんきゅーでした、てへ。
しとねは照れ臭そうにベロを出して額に手を当てた。
そして彼女は再びてくてくと歩いていく。
――あ、ちなみにですけど、私は今何してるかっていうとね‥‥。
《一発ステーキ》で今か今かとサーロインステーキを待ってるのだ。
じゅる。




