Q69 ぺしゃりんこだ
「ひゃっはー!」
気が触れたのかと知人なら心配するであろう、嬉々とした声を上げて、百舌可奈子が宙に浮きながら猛スピードであじろたちに向かっていった。
「そんな、あれってマスター特権である《飛翔》じゃ‥‥。危ないわ、あじ姉!‥‥どーぽっぽ、私の渡すからお願い!」
わぱが叫んだ時には百舌はもう彼女の真上に移動していた。
次の瞬間には空中で体を一回転させ、右手に力を込めた。
「お~ら~よっ」
百舌は大きな《ミョルニールハンマー》を片手だけで振り下ろした。
凄まじい風圧と共に、巨大な力の爆発が起こった。だが寸前でわぱから小型バズーカを受け取ったどーぽっぽは、その胴部分で二本のバズーカを盾代わりに百舌の強烈すぎる殴打を何とか受け止めた。
「ほう、へんてこりん、やるじゃないか」
そう言うわりに、百舌の表情には一切の驚いた感情は存在しなかった。
ただひたすらあるのは己の強さに抗える相手の登場を心待ちにしているような、絶対的自信と退屈をまぎらわせてほしいという期待だとしとねの目は判断した。
「ほれほれ、もっとがんばれ。そうしないと、ぺしゃりんこだぞ、その紙風船」
まるで今の攻撃が一割にも満たないと言わんばかりに、止まった金槌にゆっくりと力をかけていく。
徐々にどーぽっぽの足元の氷が百舌の繰り出す外圧で削れていく。
彼の巨体とパワーを持ってしてでも、百舌の力はいとも簡単にどーぽっぽを押し込んでいく。
「まずい、どーぽっぽ!武器を捨てて、逃げて!」
再びわぱの呼びかけに、どーぽっぽは一本ずつ握り締めていたバズーカを横へずらすように投げ捨てながら地面に転がるように倒れ込んだ。
「なんだ、つまんない」
躊躇なくそのまま垂直に金槌が降ろされ、凄まじい轟音を立てて氷芴湖の氷面を完全に叩き割ったのだった。
クレーターに似た穴が開き、凍え死ぬレベルの冷たい水しぶきがシャワーのように降り注いだ。
「ぎゃ~冷たい!くそう、びしょ濡れだよ!っておぉおおおい!お前は一体何者なんだよ。どうして邪魔するんだい!」
あじろは刺々しい歯を剝き出しにしていきり立った。
「あ?ぎゃーぎゃーうるせえ女だな。つーか、こっちの質問が先だボケ。おいお前たち、そのキュービックストーン、どこから入手した?」
「はあ?何を言ってるか――」
「ちゃっちゃと答えろや。お前らが持ってるものはまがいもんなんだよ。誰かが違法に作ったもんだ。作りもチャチで粗悪極まりないねえ」
「はっ、何を言い出すかと思えば。いきなり現れて襲いかかるはいちゃもんはつけるは。ふざんけんじゃないわよ」
「おいおい、会話が成立しない女ほど痛いもんはないぜ?じゃあ、こう言えばわかるか?あたしは《監視者》だ。で、あたしはダビィ端末機の製作者でもある」
「‥‥はい?」
「理解が遅い女も嫌われるぞ?要するにだ、キュービックストーンもあたしが作ってるってことだ。だからお前たちが使っているものが偽物だってことなんかすぐにわかるんだよ。いいか?そんな程度の低いものがダビィの世界に溢れかえってもみろ。本物でさえ疑われてしまう可能性がある。そうなりゃあたしの技術者としてのプライドが許せないねえ。それに、ゲームにおいて偽造行為はご法度だ。しかもお前らは設定をぶち壊すような行為にまで及んでいる。ゲーム環境を運営する上でも絶対に看過できないね。――さて、理解したようだな。ぺしゃりんこになりたくないなら洗いざらい吐いてもらおうか。‥‥誰に頼まれた?」
百舌は喋り終わると、おぞましいほどの殺気をあじろたちへ向けた。
「‥‥ぐううぅ、まさか監視者とは。しかもダビィ設計者がじきじきに来るとはね。ああああ~なんでこうなるかなあ」
あじろは被っていたボルサリーノを脱いで地面に投げつけた。
「もう、あじ姉のせいよね、けろ。自分の欲求解消のために貴重な戦力であるごーらんを帰しちゃったんだから。ね、じゃみ~」
わぱはかぶり振って長いため息をついた。
「本当だよ。こればっかりはあじろ姉さんが悪いと思うなあ。全責任があるかと」
じゃみ~もチリ毛を強く引っ張って同じく長い長いため息をついた。
「くぉおおおらああ!何で土壇場においてもあたしをディスるかね!どっちの味方なんだい。くそ、このストレスどうしてくれようか。ああもう!今はそんな場合じゃないか。とりあえず冷矢笥ゆあを回収して逃げるよ!‥‥ってあれ?どこに‥‥あ!」
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「悪いね、しとねちゃん」
しとねの肩を借りて何とかゆあは歩くことができた。
しとねとゆあは混乱に乗じてポッツンドームへと向かっていた。目的はゆあのダビィ端末機を取りに行くことだ。
「いいってことよ~けど急がないとまずいよね。ゆあちゃんも限界だし、私もお腹ぺっこりんだしね‥‥カオスな今こそ逃げるチャンスだよね。だけど、あいつらって何者なの?」
「エリアハンター、公式と言っていいかわからないけど、ダビィの世界には本来存在していない非公式な連中ね。誰からの依頼であんな迷惑行為をしているかはわからないけど、一つだけはっきりしてるのはエリアの統一をさせないように邪魔をしているようだね。私がヒコツエリアを取った途端、あの女がやってきて私を殺そうとした。ま、聞いての通り、あっさりと返り討ちにしてやったんだけど」
「そっか。よくわかんないね。あの人間自体もよくわかんなかったけど」
「っはっはっは。確かに。‥‥今回は悔しいけど、引くしかない。ま、すぐに舞い戻ってきてやるけど」
「うん、それがいいよ。ってかこの場合どうなるのかな?私はクリアしてないし、ゆあちゃんも別に負けてないよね」
「‥‥そう、ね。恐らくはこのまま互いが離脱するとなると、試合放棄みたいな形になってエリア自体に統治者がいなくなる、いわゆる《空》の状態ね。だから早い者勝ちになる。そうなったらすぐにまた私がこの場所を統治するから」
「え、そうなの?というかまだやるの?」
「あたりまえでしょ。まだ勝負はついてないんだし、ね」
「うーん、ゆあちゃんって本当に頑張り屋さん、というか負けず嫌いね」
「後者ね。ま、次の勝負で決めたらいいじゃない。どっちが軍門に下るのかをね」
「かああ、全くもう‥‥でもまあ、私も負ける気ないけどね」
「ふうん、いいじゃない。受けて立ってあげる。って、敵に肩を借りないと歩けない奴が言うセリフじゃないでしょうけどね」
「ふふ、そうだね。けどさ、わざわざ取りに行かなくても、私の端末機を使えばいいんじゃね?」
「それは無理よ。あなたはまだこのエリアをクリアしてないからね。《リターン》機能が使えるのは踏破したところまで。しとねちゃんだと最初のノアドームから中間地点の氷芴沢温泉までね。そこまで行かないと使えない」
「そうなんだ。くそう、プモの奴め、そんなこと一切教わってないぞ。うん?あ、そうだ、プモと久形さん、置いてきたままだ」
「大丈夫、だとは思うけど‥‥。多分‥‥気絶程度かと‥‥いや、本当に大丈夫だよ、うん。私が自分の端末機でリターンさえ押せば全員強制的に戻されるし。渉のやつも持ってるんだけど、これを私が使うとね、ちょっとあいつに負荷がかかっちゃうかもだからさ」
「‥‥そっか。じゃ大丈夫か。急ぎましょ」
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「あいつら~いつのまに。リターンする気ね。そうはさせるかよ。わぱ、じゃみ~、足止め頼んだ!」
「ええ~!」
わぱとじゃみ~の慌てふためいた声はぴったりと合わさったが、あじろは完璧にそれを無視してしとねたちを追いかけ始めた。
取り残される形となった彼らは居心地悪そうに体を硬直させながら、互いの顔を見合わせたのち、「きゃ~助けて~」と悲鳴を上げたのだった。
「ひどいリーダーだな。さてと、吐かないんだったらしょうがない。お前ら全員、更地決定だな」
百舌がそう言うと、一層の殺気が辺りを支配した。
「じゃみ~あれしかないわ!」
声を震えせてわぱが叫ぶと、じゃみ~も阿吽の呼吸でスーツの内ポケットから別のキュービックストーンを取り出し、そのまま地面に叩きつけた。すると黒い煙が噴き出し、たちまち辺りは視界不慮の黒い霧に包まれた。
「‥‥煙幕のつもりか。そんなもん、何の役にも立たねーよ。つうか、キュービックストーンでそんな使い方をするんじゃねえ。たとえそれが偽物だとしても、イメージがショボくなるだろうが。そういうのが一番嫌いなんだよ。‥‥殺す」
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あと二百メールほどだった。
それで晴れて無事この脱出ゲームは終了を迎えるはずだったのに。現実世界に戻ってもろみが待つ家に帰れたのに。がっつりステーキにありつけたのに。カラオケで八時間歌い続けられたのに。
《くそう、どうしてよ。やっぱ馬が合わないんだわ、この人とは》
ポッツンドームの前にはぎりぎり追いついたあじろと二体の道化師が行く手をふさいでいた。
「はあ、はあ。くそ、‥‥不測の事態とはまさにこのことだわ。けどミッションは必ず成功させる。それがあたしのポリシーだからね。冷矢笥ゆあ!さっさと諦めな!」
あじろは肩で息をしながらゆあに向かって真っ直ぐに指をさした。
しかしながら、追い詰められたはずのゆあは静かに笑ったのだ。
そして押し出すように言った。
「‥‥あんまり舐めんなよ。私は、ヒコツエリアーのマスターなんだからさ」
ゆあの右手が青白く光り始める。




