Q6 タニー
垂水寝しとねの部屋。
愛しの猫は机の上で微動だにせずに居座っている。
もろみが見据える先にはしとねが愛用しているペンギンのティッシュケースがある。
両者はじっと睨み合いっこをしている――。
彼女は少し不機嫌そうに参考書を眺めていた。勉強が嫌いなわけではなく、さっきからちょろちょろと飛び回っている小さいおっさんが原因だった。
おっさんは眼鏡をしていて、頭は禿げており、小さな兎の耳のような羽が2つ生えて、なぜか上半身は裸で下はおむつを履いている。
手には星を象ったひょろひょろい棒のようなものを持っている。
「ちょっと、早く消えてほしいのだよ、私は。タニー、わかる?」
タニーと呼ばれるこの小さいおっさんは自称妖精らしく、しとねが中学生の頃から見えるようになった。
しかもそれが彼女しか見えていないことから、最初は夢か幻か、はたまた自分の目がおかしくなってしまったのかと訝しがったものだ。
正常な現実であることが徐々にわかり始めて、しとねは自分の目を恨んだ。
なぜこのようなおっさんを捉えてしまうのか、できればまだUFOとかのほうがテンション上がるのに!と。
月に一回程度、このタニーという妖精のおっさんはしとねの前に現れる。
タニーというニックネームの由来はこのおっさんの名前が「タニモト」だかららしい。
タニーは体をくねくねしながら困っている素振りをしていた。
「もうまたそんなこと言って。長い付き合いなのに、長い、長~い付き合いなのに!冷たいわあ、しとねちゃん!」
「うるさいな、私は付き合いたくないんだけどね」
「もう照れちゃって」
「照れてないよ、殴られたいのかな、君は」
「ひょえええ、しどい、しどいわ」
そう言ってタニーは距離を取って、ハエのように飛び回る。
「おほん、まあではスキンシップはこれくらいにして本題にいきましょうか」
タニーは今にもへし折れそうな星のステッキをくるくると回した。
「タニー、大人なら人の話は聞かないと、余計気持ち悪がられるよ、タニーみたいな容姿だと特にね、これ忠告、というか命令」
しとねは鋭い視線を電撃のようにタニーに浴びせさせ、参考書を乱暴に閉じた。
「ひょえええ、冷たいわあ、しどい‥‥まあとりあえず、伝えますよ、しとねちゃん、いつも言っていること、そろそろ試してみない?」
「ねえタニー、いい加減飽きない?何回も同じことお願いするの。私はそんなことしないよ、だって興味ないんだもの」しとねはハエを追い払うように手を振り、まだ睨みを続けているもろみのおでこを撫でてやる。
「そんな即答しなくても‥‥。これをお願いするのが私の仕事でもあるんだからあ、ちょっとばかし理解してくれてもいいじゃない」
タニーは羽で涙を拭くような仕草をしてみせるが、しとねは全く見ない。
「理解しません。ほら、帰った帰った。よおし、もろみ~ご飯食べるか」
「しどい、しどすぎる!」
そう泣き叫んでタニーはいつも消えていく。
だが今日は消える前にしとねに渡すものがあったようだ。
「しとねちゃん、これだけ渡しておく」
「何これ、ゲーム機?うーん、でも見たことないよこれ。スイッチの海賊版とか?駄目だよタニー、違法な物は」
「違う違う!まあ持っておいてよ、捨てちゃ駄目よ!あと起動ボタンを押す時は気をつけてね。うーん、まあその時が来たらわかるからね、うふふ」
気持ち悪い笑みを浮かべてタニーは消えていった。
しとねはため息をついてゲーム機をしげしげと眺めたがすぐに興味がなくなり、鞄の中にしまい込んだ。今は勉強に集中せねば。
彼女の目標は理学療法士になることなのだ。
タニーのお願い事は、しとね自身興味がなく、よくわからないが《力の解放》らしい。
しとねはタニーみたいな不思議な汚物‥‥ではなく生き物が見えたり、あるいはほんのちょっと不思議な力が使えたりする。
例えば火を起こせたり、物を動かせたり――。
ただしそれは本当に微々たる、微々たるものであり、彼女自身もそれを超能力とは一切思ったことはなかった。
しとねはもろみのご飯を作り、そのまま勉強モードに戻った。